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連載「ユニオンリスク」Vol.11 「組合活動ができなくなる」無権代理状態とブラックユニオンの「山猫」化現象(行政編)

プレカリアートユニオン元交渉員で、判例タイムスに掲載されたプレカリアートユニオン事件原告団長の私・宮城史門が、「ブラックユニオンに入ると、ここがマズい!」という問題点を発信していく本連載。

第11弾となる本稿では、プレカリアートユニオンに対して2回に渡り言い渡された完全敗訴判決を踏まえ、プレカリアートユニオンに対して、労働委員会などの行政機関が今後どのような取り扱いをしてくかを中心に検討したい。


「監督官庁」が存在しない労働組合

大前提として、驚くべきことに、労働組合には、いわゆる「監督官庁」は存在しない。これは、いわゆる労働基本権が憲法で直接保障されているという関係上、国家権力が労働組合の運営に介入することは望ましくないとされるからだ。
NPO法人(内閣府)のような「監督官庁」が存在しない労働組合について、「監督官庁にクレームを入れるぞ」といった脅しは通用しない。絶大な権限といえるだろう。

「資格審査」はあくまでも書類審査

他方で、労働組合法5条には、

(労働組合として設立されたものの取扱)
第5条 労働組合は、労働委員会に証拠を提出して第2条及び第2項の規定に適合することを立証しなければ、この法律に規定する手続に参与する資格を有せず、且つ、この法律に規定する救済を与えられない。

との記載もある。
すると、労働委員会は、法第2条及び第2項に適合しない労働組合に対して、何らかのペナルティを下せるのではないだろうか?
そう考えて基本書をあたると、新たな「壁」が立ちふさがっていた。

川口美貴『労働法』第8版より

この手続、つまり「資格審査」の詳細は労働委員会規則22条〜27条に記載されているものの、それは「形式審査」で足りると解されているのだ。
形式審査」とは、例えば法務局による各種登記の審査でも採られる方法で、あくまでも書類上、要件を満たしているかどうかの審査にとどまり、例えば「この人は本当にこんなに安く不動産を手放すつもりだったのだろうか」といった書類以上の実態を調査する権限が与えられていないということだ。
つまり、法2条、法5条2項を実質的に守っていない労働組合であっても、「代表」を名乗る者が「きれいな」書類を作って労働委員会に提出すれば、「資格審査」は容易に通過してしまう。
法2条、法5条2項の規定の多くが、代表以外の多くの組合員個人の権利を認める規定であることに照らすと、労働者個人の権利擁護のためにも、労働委員会はもっと踏み込んだ「実態審査」ができるようになるべきだと思うのだが、現行法では、労働組合法違反のブラックユニオンを行政が取り締まる手立てがないのが現状だ。

「代表権」疑義により不当労働行為救済審査は停滞か

しかし、労働委員会の資格審査が形式審査だからといって、プレカリアートユニオンの暴走を止める手段が全くないわけではない。
労働委員会は、法2条、法5条2項違反について形式審査しかできないが、司法機関である裁判所は実質審査が可能だ。そして、裁判所では、既に2回わたり、プレカリアートユニオンの法5条2項違反が認定され、清水直子氏が代表者であるとは認めない旨の判決が出ている。

労働委員会は、行政機関であるが、行政機関であるからこそ、司法機関である裁判所と異なり、当事者主義(民事訴訟法246条)が適用されず、行政目的を達成するための広汎な裁量に則り、自由に証拠を収集することができる。
本件とは事案を異にするが、例えば、国税の犯則調査で収集された証拠を、同じ国税が課税処分に流用することも判例で認められている。

岡田正則『行政法Ⅰ行政法総論』より引用


プレカリアートユニオンの活動が違法とされた裁判例は、判例集にも登載されており、「犯則調査」などの厳格な手続により取得する必要すらないものだ。
都庁第1庁舎37階にある労働委員会の図書室に、「労経速」あたりの登載判例集がいずれ入荷される。労働委員会としては、こうした公刊物を入手するだけで、簡単に「プレカリアートユニオン事件」の全貌を知ることができるわけだ。

判決では、清水直子氏を代表者とする法人登記の存在にもかかわらず、少なくとも法5条2項違反により、大会(総会)決議が不存在(無効)とされ、執行委員長を名乗って活動している清水直子氏が無権利であることがハッキリと示されている。
これは、資格審査以前の問題で、プレカリアートユニオンを名乗り労働委員会に書類を持って来た人物が、そもそも本当に代表者なのか疑わしいということにならざるを得ない。

なるほど、東京都労働委員会をホームページを見ると、去年まであれほど沢山出ていたプレカリアートユニオンを申立人とする不当労働行為救済申立事件が完全になりを潜め、2月28日の判決後は、一切の命令が下されていないことが伺える。中央労働委員会も同様だ。

判決直前に中労委「取り下げ」も

情報によれば、清水直子氏は、11月13日の高裁判決の数日前にも、中央労働委員会への再審査請求を取り下げたという。
関係者は、「中央労働委員会の調査期日は、あたかもプレカリアートユニオン総会決議不存在確認等請求事件の高裁判決を待つかのように指定されていた。取り下げは、判決が言い渡さればその内容が中労委にも共有され、最初から無権代理だったという『大恥』をかくことを恐れたからではないか」と指摘する。

行政機関である都労委・中労委が、プレカリアートユニオンを巡る裁判の動向を注視し、そもそも代表権があるのかという観点から裁判所の判断を注視しており、証拠を収集していることは間違いなさそうだ。
代表権がないとすれば、不当労働行為救済はおろか、その前提となる資格審査を申し立てる資格すらないことになり、救済命令はいつまでも出ることはない。

その実質的な被害者は、労働問題を抱える組合員個人であることはいうまでもない。清水直子氏は、責任をとって不存在(無効)とされた平成27年9月以降の決議に基づく役員報酬2,000万円〜を一旦返金し、改めて全員出席総会の開催や全組合員の同意書の取得など、判決で示された方法により手続の瑕疵を治癒すべきだろう。

失われる「和解のテーブル」今後は裁判所に移行か

清水直子氏は、無料で申立ができる労働委員会を「和解のテーブル」と呼び、会社の些細な不当労働行為を指摘しては不当労働行為救済申立をし、行政機関から会社に呼び出しをかけることで労働委員会から和解できないかと説得させ、団体交渉で解決できない案件を「片付ける」手段として活用していた。

しかし、代表権に疑義があるためか、サッパリ救済命令が出なくなってしまった現状、会社としてはたとえ労働委員会を無視しても、プレカリアートユニオン側の代表者不在疑惑により事件が進行できないという「自滅」状態にあることから、痛くもかゆくもない。

清水直子氏は、労働組合法5条2項に違反することにより、同じ労働組合法が与えてくれた労働組合に対する庇護、便利な「和解のテーブル」を自ら失ってしまったことになる。

「和解のテーブル」が利用できないとなると、今後は、団体交渉で解決できない案件に関しては、顧問弁護士であるという佐々木亮氏などを紹介して労働審判などの方法で解決してもらい、そこに利害関係人として参加して「拠出金」を徴収するという方法がメインになっていくのではないだろうか。

もっとも、一部組合員の間では、総会決議不存在確認等請求事件の判決を知りながら、プレカリアートユニオン名義の依頼で報酬を受けて活動する弁護士に対し、無権代理行為を知りながら事件を受け、報酬の名目でユニオンの財産を減少させることが問題であるとして、弁護士会への懲戒請求を申し立てる動きもあるようだ。

事態がここまで発展してしまった以上、清水直子氏は、平成27年以降の役員報酬、解決金、拠出金などをいったん精算し、運営をクリーンにして再スタートを切るなど、前向きな決断をするしかないのではなかろうか。そうでなければ、組合員、弁護士など多くの関係者にも迷惑をかけかねない。

プレカリアートユニオンの「自滅」

基本書をあたる限り、行政機関は、当事者主義の適用がないという点で、むしろ裁判所よりも広汎で自由な事実認定に基づき、行政処分に臨むことができる。

労働委員会をめぐる動向によれば、裁判所の判決で、代表権が存在しないと明記されてしまったプレカリアートユニオンが”門前払い”とされ、判決以前は出ていた救済命令が、2月28日の地裁判決以降、サッパリ出なくなってしまっている様子も伺える。

不当労働行為救済申立は、労働組合に与えられた固有権のひとつでもある。労働委員会のホームページに並んでいる事例からも、プレカリアートユニオン以外の労働組合の多くは、適正に運営がなされ、実際に不当労働行為救済制度を活用できていることが確認できる。

裁判では、プレカリアートユニオンの代理人弁護士・山口貴士氏は、プレカリアートユニオンでは、組合員全体の利益(共益権)に関心がない者がほとんどで、そんな組合員を抱えながら法5条2項をいちいち守っていくことなどできないし、むしろ、それを厳格に守ろうとすれば、労働組合活動の機能不全を招き、組合民主主義を損なうなどと主張した。

山口貴士弁護士作成の控訴理由書より

しかし、労働組合も、「組合」である以上、本来的に、一定の共通項を有する仲間同士の利益のために活動する団体だ。
プレカリアートユニオンの事例は、20%の成功報酬・「拠出金」欲しさのためか、仲間の共通の利益に関心がないような労働組合員として不適格な者を数多く組合に引き入れてしまった結果、労働組合として最低限の運営上のルールを守ることすらできなくなり、「自滅」してしまったということではないのか。

実際に、同じ「個人加盟の労働組合」であっても、他の多くの組合はあくまでも労働組合法を守り、都労委の「救済命令」を受けるなど、組合活動の成果を上げているようだ。

労働問題は信頼できる弁護士へ!

ただでさえ自分が労働問題を抱えているときに、「仲間」の問題に関心を持つことは簡単ではない。それが、同じ職場や同業の仲間であればまだしも、全く共通項のない無関係の他人が抱える問題に、自分の問題以上の問題意識を持ち、関わる、助けるということは難しいのではないだろうか。

その気持ちは痛いほどよく分かる。
しかし、だからといって労働組合を私物化することは許されないというのが判決の立場だ。

労働問題は、信頼の置ける町の弁護士へ。

共通項のない労働者をむりに「組合」に押し込め、その「組合運営」ができなくなってトラブルになる位であれば、最初から個人の問題として、弁護士と一対一で解決した方がいい。
この記事を読んだあなたが、運営不全の「ブラックユニオン」の罠にかからないことを願っている。


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