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投球障害肩の病態と動作
C-I baseballの病態・動作の発信を担当する小林弘幸です。
スポーツDrと一緒にエコーを用いて、選手の病態を理解し
障害の原因追及を大切にしています。
病態を理解することによって、医療機関と現場との橋渡し的な役割を果たすことができると思います。
基本的な部分ですが、なるべくわかりやすく発信していきたいと思います。
【マガジン紹介】
C-I Baseballトレーナーマニュアルでは、臨床・現場での野球におけるケガの対応力を高めるためのマニュアルを配信しています。
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■投球障害肩の概論
投球障害肩とは?
投球動作は、身体各部位の全身的な運動を通じて肩関節を動かし、その力を指先からボールへ伝えていく動作です。
そのため、全身の機能障害が運動連鎖の破綻につながり、身体で最も可動性の大きい肩甲上腕関節(GHjt)に頻回なメカニカルストレスを与えることで投球が困難になることが、投球障害肩になります。
投球障害肩になることで
日常生活では困らないことがほとんどですが、練習や試合を休んで痛みがなくなっても、投球を再開するとまた痛みがでる…。
なんの対処もせずに復帰するとこのような悪循環を招いてしまいます。
この悪循環を断ち切ることができるのが我々の役目だと思います。
|投球障害肩の原因
では、なぜ投球障害肩が生じてしまうのか?
・投球動作中の肩関節や肘関節には大きなモーメントが加わる。
・微視的損傷を引き起こす力学的ストレスを継続的に受けることによる軟部組織の弱体化
※ 信原克哉:肩 その臨床と機能, 第4版, 医学書院, 349-415, 2012
・投球動作の繰り返しにより生じる小外傷を基盤とする
※広岡淳ほか:投球障害肩.関節外科,8:1537-1544. 1989
・種々の病態が単独あるいは重なり合って存在する
※米田稔ほか:投球障害肩の治療.整形災害外科,34:1153-1159. 1991
諸家らの報告がされていますが、
まとめると、投球という肩関節に負担のかかる動作を繰り返し行うことにより組織の微細損傷が重なることで生じるということになります。
投球すること自体が投球障害肩のリスクファクターなりますが、
それだけでなく
・投球過多
・不良な投球フォーム、
・不良なコンディショニング
によってもそのリスクが増大します。
※ Conte S, et al.: Disabillty days in major league baseball. Am J Sports Med29 :431-436, 2001
どれか一つ劣っていても、投球障害肩になってしまう可能性が
大きくなってしまうと考えます。
環境因子、身体因子、技術因子、そのいずれかの軽微な問題が
全身の軽微な運動連鎖の破綻となり、最終的に肩関節に負担をかける。
この繰り返しが投球障害肩となるのです。
そして、選手に関わるトレーナーがどの要素が大きな原因となっているのかを客観的に見極めて、
この問題点を選手、監督・コーチと共有することで信頼関係につながり、現場でのトレーナー、セラピストとしての役割が大きくなってくると思います。
|年代ごとに原因が異なるのか?
投球障害肩は、年代ごとに原因が異なるといわれています。
小中学生は、投げすぎはもちろん、競技歴が浅いことにより “投げ方そのもの” が未熟ということが原因となることが多いといわれています。
子供は大人のミニチュアではないという言葉もありますが、まさしくその通りです。
・骨端線の残存
・靭帯、腱付着部に軟骨成分有
・筋力、体力の乏しさ
※岩堀裕介:成長期の投球障害への対応とアプローチ. 臨床スポーツ医学. vol29. 1. 2012
上記がその言葉を裏付けしています。
後に説明しますが、リトルリーガーズショルダーも成長期特有の ”骨端線障害” の一種です。
この時期では、指導者・トレーナーがしっかりと投球数をコントロールしてあげることも障害予防にとって大切になります。
また、高校生や大学生、社会人プロとなってくると疲労等により関節が正常に動かなくなってしまう、肩の機能障害が原因で痛めることが多いといわれています。
トレーナーやセラピストが投球障害肩の選手に対峙した時に、
まずは年代別で原因を考えて、そのチームの環境や選手の立場も踏まえた問診をしていくこともとても重要なことです。
|投球動作の相分類
投球動作は各文献ごとに報告が異なりますが、今回は7つの特徴的な運動からなる5相に分類することとします。
※田中洋 他:投球動作のバイオメカニクスと投球障害. 臨床スポーツ科学. vol 29. No1. 2012. 47-54
1:Wind-up phase
投球動作の開始から踏み出し脚の膝関節が最高到達位(KHP)
2:Early cocking phase
KHPから踏み出し脚の接地(FP)
3:Late cocking phase
FPから投球時最大外旋位(MER)
4:Acceleration phase
MERからボールリリース(BR)
4:Follow-through
BRから投球時最大内旋位(MIR)、投球側手部の速度が
後方から前方(投球方向)へ切り替わる時点(APVC)
大きく分類するとこの5相を基本として考えていくことが多いです。
(分類によっては4相に分類する場合もあります)
この投球動作の中で最も痛みを訴えることが多いのが
Acceleration phaseです。
報告によっては約75%も、このPhaseで疼痛を訴えることがあるとされています。
上肢を挙上することが困難になることや、運動の切り替えしで疼痛を誘発することが多いのではないでしょうか?
|運動連鎖的視点からみた投球動作
Wind-upからBR、そしてFollow-throughと一連の流れによる投球動作を考えてみると、下肢から体幹へ、体幹から上肢へ、そしてボールへとエネルギーが伝わっていく過程を運動連鎖として考えます。
※松久孝行 他:投球動作解析の検討. 肩関節. 26巻第2号. 401-405. 2002
引用改変
a:正常の運動連鎖での投球動作は、下肢から発生したエネルギーを体幹・肩関節とスムーズに伝達していくことができます。
しかし運動連鎖が破綻することによって、障害リスクが高くなると考えます。
これらが生じてしまう原因をしっかりと評価できることが大切です。
障害の原因がGHjt以外にあり、結果としてGHjtへとストレスをかけているということは、多くの選手にみられることです。
この運動連鎖的視点は、投球障害肩を見る上では、切り離せないことかと思います。
さらに、これらがどの環境因子、身体因子、技術因子で生じているのかを理解・評価することが非常に大切かと思います。
■投球障害肩の病態
病態について触れていきますが、大前提として野球選手における
肩関節の病態と症状は、その程度に相関するわけではありません。
腱板の不全断裂や、SLAP損傷、Bennett骨棘がある症例でも、
プロ野球の一軍で活躍している選手、大学社会人の選手には多数います。
その病態が存在しているからと言って
それが投球障害肩の症状となるとは限らないというのが
投球障害肩を対応する際に、とても大切なことだと考えています。
セラピスト、トレーナーとして野球選手に関わるために、病態理解はとても大切です。
今回は5つの項目に分けたいと思います。
・腱板損傷
・肩峰下インピンジメント
・インターナル(関節内)インピンジメント
・SLAP(上方関節唇)損傷
・Little Leaguer’s Shoulder
上記5つの病態について詳細に解説していきたいと思います。
|腱板損傷の病態
腱板とは周知のとおり
棘上筋
棘下筋
肩甲下筋
小円筋
のことを指します。
腱板損傷は、その表層と深層に分類できます(後述するMRIでの分類の図を参照)。
例えば棘上筋で考えると、
棘上筋の表層であれば ”滑液包面断裂”、
棘上筋の深層であれば "関節包面断裂" となります。
投球障害肩による腱板損傷症例では、疼痛を発症するタイミングがCocking とAcceleration phaseで91%を占めるとされています。
また、関節面の不全断裂がほとんどです。
・腱板損傷のほとんどは、棘上筋と棘下筋であり(あるいはその境界部)滑液包面ではなく、関節面の不全断裂である。
※井手淳二:投球障害肩における腱板損傷に対す る鏡視下手術. 肩関節. 28巻第2号. 371-373. 2004
つまり、投球障害肩での腱板損傷は、肩峰下インピンジメントによる腱板の表層の損傷ではなく、関節内での病変が多いと考えられます。
その理由は、組織学的な棘上筋の付着部の脆弱性も考えられます。
・棘上筋は滑液包面に比べ、関節包面が脆弱である。
※Nakajima T, et al.: Histological and biomechanical characteristics of the supraspinatus tendon. J Shoulder Elbow Surg., 3 : 79-87, 1994.
さらに、棘上筋の関節面には構造上の脆弱性も存在することも関係すると考えられます。
・棘上筋腱骨付着部に2次元有限要素モデルを用いてvon Mises stress評価の結果、関節面に対して応力が集中する
※Sano, H. et al. : Stress distribution in the supraュ spinatus tendon with partial -t hickness tears An analysis using two-dimensional finite eleュ ment mode l. J. Shoulder Elbow Surg. 15 : 100105, 2006
(von Mises stress評価=垂直応力とせん断応力で表すことができるstress評価のこと)
つまり、棘上筋の関節面に病態が集中する理由は、元々組織としての脆弱性があり、その部位に投球動作という繰り返しのストレスが加わることにより病変が生じやすいと解釈できます。
これらから投球障害肩の腱板損傷において考えられることは、
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