フレーズのワリコミについて
(※小節番号をm.1などと省略して表記します。)
「ワリコミ」とは、フレーズの最後に新しいフレーズが重なって始まることです。新しいフレーズが、先行するフレーズの終わりを待たずに始まるので「ワリコミ」と呼ぶことにします。
ワリコミでは、「先行するフレーズの終わりが来るべき強い拍」から新しいフレーズを開始するのが基本的なパターンとなります。その時、新しいフレーズは全体として先行するフレーズの終わりの役割を果たしています。
まずはワリコミの実例を
実例を見たほうが早いでしょう。
次の例では、最初の2小節の形をくりかえしますが、4つ目の小節(m.12)の後半から新しい部分が始まっています。そのために、赤い線で示した高次の拍節が小節線とズレています。
この例の場合では、メロディーの終わりの音のC音が、ワリコミの先頭に入り込んでいます。これは「ウラを取る形」や「ウラシャ」で見たメロディーの末尾と同じ形になっています。
「ウラを取る形」や「ウラシャ」については次の記事を参考にして下さい。
モーツァルトのK.331の第1楽章の最後でも同じようなワリコミが発生しています。次の譜例と動画を御覧ください。この結果、小節線とフレーズ構造との間に表記上の不一致が生まれますが、これは解消されずに最後まで至ります。決して、小節線の通りにアクセントを付けてはいけません。
(動画の繰り返しはm.17からになっています)
m.18bの途中から割り込んできた形が3拍目を強拍とするものであることは、この第6変奏の後半の開始と同じ形であることによって分かります。次の譜例を参照して下さい。
ブルグミュラーの「アラベスク」でもまったく同様のことが起こっています。ただしモーツァルトの例と比べて、アラベスクでは小節線が2倍の頻度で引かれているので、繰り返し後の小節線に不自然なことはありません。しかし、小節数を数えると繰り返しの2回めに進む場合にmm.23–25が3小節グループになっていることが分かります。
(※動画は繰り返しがm.19からになっています。)
ワリコミの構造的説明
4小節のメロディーは次のような骨格を持っているのが普通です。これは、この4小節を1つの4拍子の小節とみなすのと同じことであり、この譜例に付けた矢印は、様々なレベルでの強拍と弱拍を結びつける構造を表しています。この矢印がまさに拍節構造の本質をなしているものです。
この矢印の終わり、つまり弱拍の代わりに、そこから始まる新たな強拍を置くことがワリコミです。
次のようにすれば、メロディーの最後を消すこと無くワリコミを行うことができます。この場合伴奏がワリコミのスタートを明らかにすることになります。
もちろん、次のように音を同時に出すこともあります。
ワリコミで重要なことは、この譜例の第4小節が、後半の4つの小節のスタートの強小節として解釈されることです。
そして殆どの場合、前半の3小節は、一見すると中途半端な形で分離しているかのように見えます。しかし実際には、後半の4小節全体が、前半の3小節の続きの役割を果たすことになるのです。
その意味で、単に第4小節が2つの役割を果たすとする理解の仕方は不十分です。なぜならば大抵の場合では、最初の3つの小節の終わりのものとして、第4小節だけ切り離して理解することができないからです。次の譜例の部分を取り出して聴いてみれば分かるとおり、終わった感じは得られません。
青い矢印でワリコミを行うと次のようになります。これについても全く同じようなことが言えます。
一般的にワリコミは小さいレベルであればあるほど強烈な効果をもたらします。ですから、青い矢印のような大きいレベルでワリコミをすると、場合によってはワリコミと感じられないほど自然に成立してしまうことがありえます。
以上のように、小節単位の進行や、2小節、あるいは4小節単位の規則的な進行を乱す結果をもたらすようなワリコミ(*)を、私は特に「強いワリコミ」と呼ぶことがあります。
これに対して、拍節的な規則性を乱さないで行われるようなワリコミがあり、それを「弱いワリコミ」と「正配置ワリコミ」と呼んでいます。
(*W. Rothsteinはこの種のワリコミを「拍節の再解釈」と呼んでいますが、新しいメロディーが割り込んでくるというイメージをうまく表現していないと思います。同じことが、エリージョン(省略)とか、オーバーラップ(重なり)などについても言えます。)
弱いワリコミと正配置ワリコミ
弱いワリコミは、ウラを取る形のフレーズが現れる時に、標準形の後半に重なる場合のワリコミです。ウラを取る形は、あくまでも標準形に従属する構造なので、基準となる拍節構造が変わるわけではありません。
正配置ワリコミはすでにずれているものに対して、基準となる拍節構造に則ったフレーズを割り込ませることです。例えば、ウラを取る形の末尾の位置から標準形を開始する場合がそれに当たります。斜拍子形に正配置ワリコミを施せばアナクルーシスになります。
ですから次の例は弱いワリコミと正配置ワリコミを交互に繰り返していることになります。つまり、まずm.69がウラを取る形を弱く割り込ませています。これによって、m.68からの標準形の末尾が消されています。続いて、m.70は新しく標準形が小節の頭から開始するので、ウラを取る形の末尾は消されています。これが正配置ワリコミです。
その他の事例
他にいくつかワリコミの事例を挙げておきます。
悲愴の3楽章。m.12がワリコミです。
ベートーヴェンのピアノソナタ第2番(Op.2-2)の第1楽章から。左手は割り込んでいますが、右手のメロディーはm.32で終わるので半ワリコミと呼ぶことができます。
区別すべき事例
次の例は、ベートーヴェンの3番のピアノソナタからのものです。上に挙げた例によく似ていますがこれは(強い)ワリコミではありません。この形は、m.11からウラを取る形が始まっていて、その末尾が次の4小節グループの先頭にかかるところで新しい部分が開始しているものです。ウラを取る形はズレた形ですから、m.13からの開始は、そのズレを元に戻しているだけなのです。これは先程述べた「正配置ワリコミ」に当たる形です。
(不定期に更新いたします)
カテゴリー:音楽理論
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