彼らの帰り道 2024/08/04週
海沿いの町の国道沿いに住んでいた彼は家の中の暗いところが怖くて、夜になるとリビングのガラス戸の傍のソファに横になって目が夜の暗さを取り込まないように背もたれを目隠しにしていた。そこから食事をしていたテーブル越しにテレビを眺めたり、うつ伏せで母親の漫画を読んでいた。
漫画を読んでいるうちに感覚はそちら側の世界に寄り添うようになって、体が起こされ、漫画の中のイメージをリビングにあるものだけでなく外の暗さにもトーンされていくようになっていたから、彼は漫画をそう使っていた、とも言える。そういう意味ではリビングの中にあるものより暗闇の方が形や意味を制限しない分だけ都合がよかった。
一度そこを経由してしまいさえすれば暗さの不安がなくなることに彼は馴染んでいたが、そのために暗さの不安が必要だったとまでは考えなかった。彼はその状態のままで自分の掌をじっと眺めて、やっぱりそれが自分の掌だと感じられることを不思議に思っていた。手にはどうしてもそのトーンをすることができなかった。
その彼と小学校の帰り道が途中まで同じだったふたりがいた。
帰り道はゆるやかなカーブの砂浜になっている海岸線と並行する旧国道で、砂浜の際に蓋をするように家屋が道沿いに並んでいる。その旧国道に並行して山を削り取って浜からすると高くなっている国道がはしっていて、その国道から山の方に枝分かれして彼らの同級生たちが住んでいた住宅街や集合住宅がある。国道沿いの彼は後になってそういう場所の感じのことを「海の際からすぐに山で平地がなくて、海と山にへばりついているような生活圏だった。」と言うことがあった。
とにかく3人はその旧国道を歩いて帰った。国道沿いの彼が途中からひとりその旧国道からY字に枝分かれした坂をのぼっていくことになる。彼はちょうどその枝分かれから砂浜と住居が途切れて崖越しの海の見渡しを背景に白いガードレールに沿ってふたりが歩いていくのを見ていた。その坂と国道の合流はもうすぐで、そこが家だったのでそれほどさびしいと思うことはなかったものの、ふたりが一緒にガードレールに沿って歩いていることをそのままふたりの関わりの深さのようなものとして捉えていた。彼が歳をとってから、帰り道がそのまま関係だったということをどこか楽しいこととして思い出すこともあったかもしれない。
坂の途中から別れたふたりの方は国道沿いの彼の方を見てみることもあったが、崖と雑草の茂み越しに姿は見えなかった。少し歩くと旧国道は崖の切通しになっていて暗がりの印象がでてくる。その切通しを通り過ぎたあたりが小さな入り江になっていて、そこがもうひとりの彼の家の旅館だった。入り江には漁船が何艘かとめてあって、彼の父は漁師をしながら彼の祖母と祖父の旅館を一緒にやっていた。旧国道から入り江の方へ下り坂になっている旅館の前まで降りると、キミという名前の犬がいて、彼が帰ってくるのを吠えて出迎えた。
そこから残りのひとりは更に海沿いを歩いて帰らないといけなかった。その入り江から向こうは工業と倉庫のエリアで、彼らが歩いてきた足元がそのまま海になっているような雰囲気ではなくなる。だから一番家の遠い彼は時々振り返って入り江から抜けて見える海や、停泊する漁船や旅館の中の友だちの部屋の方を見渡すことがあった。
きっともうランドセルを部屋において遊びに出る準備をしている。今日は何をしよう。