不安障害(やパニック障害、うつ病)に認知行動療法(CBT)が有効な理由と普及にあたっての問題点をまとめてみた
前の記事でも触れたように、数年前から家人の不安障害に対処するため、認知行動療法を勉強しています。
不安障害やパニック障害、うつ病に対する認知行動療法の有効性、そして日本の医療現場で普及しない理由についてまとめておきたいと思います。
認知行動療法とは
認知行動療法の基本的な考え方は、私たちの考え方(認知)が気分や行動に影響を与えるというものです。つまり、物事の捉え方を変えることで、不安やパニックを和らげることができる、という考え方がベースになっています。
例えば、パニック発作の際には「死んでしまう」「おかしくなる」などの破局的な考えが浮かびがちですが、それは現実的ではない非合理的な考えです。認知行動療法ではまず、そうした考えに気づき、根拠のない思い込みだと認識することから始めます。
それから、そうした非現実的な考え方(認知)を現実的な考え方に置き換えていきます。 「不快な症状だけど、死ぬわけではない」 「今は苦しいけど、必ず治まる時が来る」 といったように、建設的で合理的な見方を身につけていく治療法です。
考え方が変われば、気分も行動も自然と変化し、状況をより冷静に判断できるようになり、適切な対処法を選べるようになるという形で治療の効果が表れてきます。
専門家との認知行動療法セッションでは、対話を通じて認知の歪みに気づき、バランスの取れた考え方を学んでいき、さらには宿題などで訓練を重ねていきます。一朝一夕にはいきませんが、粘り強く取り組めば必ず症状は改善していく治療法です。
認知行動療法は歴史が長く、有効性が確立されている治療法
認知行動療法の歴史は意外と古く、1950年代~1960年代にうつ病の認知療法と、論理療法が別々に発展したことから始まり、その後、両者の理論と技法が統合され、現在の認知行動療法の基礎が築かれました。
1980年代以降、認知行動療法は急速に発展し、うつ病や不安障害をはじめとする様々な精神疾患に適用されるようになりました。現在では、臨床心理学や精神医学の分野で最も実証されている心理療法の一つとして広く認められています。
認知行動療法の有効性を裏付ける研究は数多く存在します。例えば、全般性不安障害に対する認知行動療法の有効性については、多くの研究によって支持されています。
メタ分析による効果検証: 全般性不安障害に対する認知行動療法の効果を検証したメタ分析研究では、高い効果量が報告されています。例えば、Cuijpers et al. (2014)のメタ分析では、認知行動療法が待機リストや通常の治療と比べて有意に高い効果を示しました(効果量d=0.84)。これは、認知行動療法が全般性不安障害の症状改善に非常に有効であることを示唆しています。
薬物療法との比較: 全般性不安障害の治療には、しばしば薬物療法が用いられます。しかし、認知行動療法はこうした薬物療法と同等以上の効果を持つことが示されています。Mitte (2005)のメタ分析では、認知行動療法と薬物療法の効果に有意差はなく、両者ともに全般性不安障害の症状を大きく改善することが報告されました。
長期的な効果: 認知行動療法の利点の1つは、治療終了後も効果が持続しやすいことです。全般性不安障害に対する認知行動療法の長期的な効果を検討した研究では、治療終了後6ヶ月から2年経過しても、その効果が維持されていたことが報告されています(Dugas et al., 2010; Holaway et al., 2006)。これは、認知行動療法が全般性不安障害の再発防止にも役立つ可能性を示唆しています。
認知的要因への介入効果: 全般性不安障害の中核的な問題の1つは、過剰な心配や破局的な思考パターンです。認知行動療法は、こうした認知的要因に直接的に介入し、より現実的で適応的な思考を促進します。実際、全般性不安障害患者に対する認知行動療法では、心配や不安に関連する非機能的な信念が減少し、問題への対処能力が向上したことが報告されています(Wells & King, 2006)。
全般性不安障害以外でも、パニック障害に関しても、認知行動療法には薬物療法と同等以上の効果があり、しかも長期的な再発防止により優れているとの報告があります。
さらには、うつ病については、多くのメタ分析研究で認知行動療法の効果が確認されています。プラセボや通常の治療と比較して、認知行動療法が抑うつ症状を有意に改善することが示されています。それで、日本うつ病学会のガイドラインでは、うつ病に対する心理療法として認知行動療法が最も強く推奨されているほどです。
もちろん、他のどんな治療法とも同じく、認知行動療法がすべての人に効果的とは限りませんが、総合的に見れば、認知行動療法はエビデンスに基づく信頼できる治療法だと言って間違いないようです。
薬物療法に対する認知行動療法の長所と短所
認知行動療法は薬物療法に取って代わるものではありません。私も薬物療法は必要に応じて(むしろ積極的に)取り入れるべきだと考える派です。
認知行動療法と薬物療法にはそれぞれ長所と短所があります。
認知行動療法のメリット
根本的な問題解決を目指す: 認知や行動のパターンを変えることで、症状の根本的な改善を図ります。
自己理解と自己管理能力が向上: セッションで学んだスキルを生活に活かせば、自分で問題に対処できるようになります。
薬の副作用がない: 薬物療法とは異なり、副作用のリスクがありません。
長期的な効果が期待できる: スキルが身につけば、治療終了後も再発を防ぐことができます。
認知行動療法のデメリット
時間と労力がかかる: 週1回程度のセッションを数ヶ月続ける必要があり、宿題もこなさなければなりません。
即効性は期待できない: 効果が現れるまでに数週間から数ヶ月かかることが多いです。
良い治療者を見つける必要がある: 治療者の力量によって効果が左右されます。
自ら積極的に取り組む必要がある: セッションに通うだけでなく、日常生活で学んだことを実践する努力が求められます。
薬物療法のメリット
一方、薬物療法のメリットとしては、
比較的即効性がある
努力を要さず楽に症状が改善する
認知行動療法ほど時間的拘束がない
といった点が挙げられます。
薬物療法のデメリット
あくまで対症療法であり根本的解決にはならない
副作用のリスクがある
長期的な服薬による悪影響の可能性がある
服薬をやめると再発しやすい
などが指摘されています。
両者はお互いの短所を補い合う関係にあると言えます。実際、両者を組み合わせた治療が最も効果的とされるケースも多いです。ただ、薬に頼りすぎるのは望ましくありません。私自身も、患者の家族という立場からも、長期的に症状をコントロールし再発を防ぐためには、(薬で急場をしのぎつつ)認知行動療法で根本的な問題解決を目指すことが重要だと考えます。
認知行動療法を選択する際の高いハードル
上でも述べたように、認知行動療法(CBT)は不安障害・パニック障害のみならずうつ病に対しても非常に有効、かつ根本的な治療法であることが分かります。
しかし、ここ日本で不安障害(やパニック障害)の治療法として認知行動療法を選択するのは非常に難しい状況にあります。
認知行動療法の診療報酬が低すぎる
日本では、2010年の診療報酬改定より認知行動療法が保険診療の対象とされています。
しかし、認知行動療法の診療報酬は医師自ら30分以上実施した場合でも480点(=4800円)と通常の通院精神療法(5分以上で3300円)と比べて低すぎるため、認知行動療法に積極的に取り組もうと考える心療内科は極めて少ないのが実情のようです。
心理士が行う認知行動療法は保険適用外
また、臨床心理士/公認心理師(=カウンセラー)によるカウンセリングはほぼ例外なく保険適用外で、医師または看護師が実施することが求められています。
私たち患者やその家族は、カウンセリングは心理士の先生がしてくれるものだと思っていることが多いのですが、実は心理士の先生が行うカウンセリングは保険適用外なのです。
ただ、実際には(条件付きで)心理士のカウンセリングを取り入れている心療内科クリニックも少なくありません。どうやら、そうしたクリニックは通常の通院精神療法として請求できる診療報酬(3300円)の中で心理士の先生の人件費をやりくりしていることが多いようです(実際にはクリニックによって様々だと思います)。
つまりは、私たちの病気と真摯に向き合ってくださる良心的な先生ほど損をする仕組み、ということのようです。ただ、心理士のカウンセリングが保険適用になっても日本の皆保険が成り立つのか、とか色々なことを鑑みてのことだとは思うので、一概にこれが良くない、とは大声で言えないところなのが悩ましいところです。
認知行動療法の専門家が不足している
加えて、認知行動療法の専門的訓練を受けた治療者が少ないことも問題です。認知行動療法は高度な技能を要するため、十分なトレーニングなしに実施しても効果は限定的です。しかし、現状では認知行動療法の専門家を育成する体制はまだまだ不十分です。
日本で心理職の認知行動療法家として活動しようと思った場合、以下のようなキャリアパスを積む必要があります。
大学の心理学部や大学院の臨床心理学課程を修了する。
臨床心理士や公認心理師の資格を取得する。
認知行動療法の研修プログラムを受講し、専門的な知識とスキルを習得する。
日本認知療法・認知行動療法学会などの専門団体が認定する資格を取得する。
また、認知行動療法の研修プログラムの受講や専門資格の取得には、相応の時間とコストを要します。例えば、日本認知療法・認知行動療法学会の認定プログラムは、数年間にわたる講義や演習、スーパービジョンへの参加が求められます。
それでいて、上述のように心理士が医療機関でカウンセリングを行うことは(保険制度上)難しいという状況から、認知行動療法のスペシャリストになるには、相応の覚悟と努力が必要です。このキャリアを目指す人はかなり限られている、というのが実情のようです。
例えば、日本認知療法・認知行動療法学会の認定資格保持者数を見てみると、同学会には、「認定行動療法士」「専門行動療法士」の2つの資格の一覧があります。2024年3月時点での認定療法士はたったの約120名、専門療法士に至っては47名しかいません。
もちろん、学会の認定資格を持たない心理士の中にも、認知行動療法に習熟した人材は一定数存在すると推測されます。例えば、臨床心理士の資格保持者は全国で約4万人いますが、その中には独自に認知行動療法の研鑽を積んでいる人もいるでしょう。
また、近年は公認心理師の養成課程でも認知行動療法の教育が行われるようになってきました。2023年3月末の数字ですが、公認心理師として登録されている人数は約54,000人で、その中には認知行動療法に一定の知識を持つ人材も増えていると考えられます。
これらの数字を総合的に勘案したとしても、現在の日本で認知行動療法に習熟した心理士/心理師は、多くても数千人程度ではないかと推定されます。
こうした制度的な制約から、日本では認知行動療法を保険診療で受けることは容易ではありません。多くの場合、自費診療で民間の専門クリニックを受診することになります。これではコストの面でハードルが高く、誰もが気軽に認知行動療法を選択できる状況とは言えません。
まとめ:認知行動療法は効果が高いが治療を受けるハードルが高い
ここまで見てきたように、認知行動療法は全般性不安障害の治療において高い有効性が示されているものの、実際に治療を受けるには以下のようなハードルが存在します。
限られた専門家:
認知行動療法に習熟した心理専門家の絶対数が不足しています。メタ分析で示された高い効果を実際の臨床で再現するには、十分な知識とスキルを持った専門家が必要ですが、現状ではその数が限られています。地理的・経済的制約:
認知行動療法を提供する医療機関は大都市に集中しがちで、地方に住む患者はアクセスが困難な場合があります。また、保険適用の制限により、治療費用が自己負担となることも少なくありません。こうした地理的・経済的な制約が、治療を受けるハードルを高めています。治療への抵抗感:
認知行動療法では、自分の思考パターンや行動を見直すことが求められます。しかし、こうした心理的な課題に直面することへの抵抗感から、治療を敬遠する患者もいます。治療期間の長さ:
認知行動療法は短期間で効果を上げられる一方で、一定の期間は継続的な通院が必要です。仕事や家事などの都合で定期的な通院が難しい場合、治療の継続が困難になります。治療法の認知度:
薬物療法と比べて、認知行動療法はまだ一般の認知度が低い面があります。治療オプションとして認知行動療法を選択肢に入れられない患者も少なくありません。
以上のように、認知行動療法は高い効果が期待できる反面、専門家の不足、地理的・経済的制約、心理的抵抗感、治療期間の長さ、認知度の低さなど、治療を受ける上でのハードルが存在します。
なんとかこのハードルが下がって、不安障害やパニック障害(そしてうつ病)に悩む人々が1人でも救われないか。不安障害を持つ家族を持つ者として、そんなことを願っています。
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