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職業指導(実習)
かつて…
少年院の指導といえば
①実習
②体育
③面接
④作文
だった。
「実習」とは,職業指導のこと。かつては「職業補導」とか「職業訓練」と言っていた。
ま,
要するに「仕事の練習」だ。
だから通称「実習」と呼ぶ。
面接と作文は個別に行われるものだから,基本的な時間割は実習と体育でほぼすべてが埋まる。
実習と体育の合間に集会や入浴が入ればあとは自主学習(作文,面接,教科学習)だけだった。
今は違う。
①実習
②体育
③面接
④作文
⑤特定生活指導
⑥運動
新たに加わった特定生活指導と運動の比重は重く…
結果…
かつてほぼ毎日,終日行っていた実習は,今となっては週に2〜3度,しかも半日程度でおしまいだ。
週4〜5日×終日行っていたものが,
週2〜3日×半日になったのだから…
体感的には 1/3 程度になったように思う。
もはや,ただの ”おまけ” だ。
当然,
習熟度は下がるし,できることも限られてくるので…
一部の資格取得に繋がるものを除けば,現在の少年院における実習は「就労のための指導」としてはほとんど機能していない。
せいぜい中学校や高校の「図工」や「技術科」程度。工業高校などとは比較にならないだろう。
黙々と手を動かし,汗をかく…
そういう実習の姿は,今となってはあまり見られない。
一応ここで,犯罪白書を引用しておこう。
以下は令和元年度版の犯罪白書の職業指導に関する記載だ。
…読む気になれない。
以下に改めて,一部省略しながら書き出してみる。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
1)職業指導の目的
”勤労意欲を高め,職業上有用な知識及び技能を習得させる” こと。
2)職業指導の枠組み
一口に「職業指導」と言っても…一応3種類に分かれている。
①職業能力開発指導
②自立援助的職業指導
③職業生活設計指導
…何がどう違うのか,世間の人にはさっぱりだろうと思う。
大丈夫。
こんなものは覚えなくてもいい。
簡単に言えば…
①技能+計画性や精密さなどの基礎能力
②情緒の安定+集中して誠実に取り組む態度
③働くために必要な一般常識レベルの知識
という感じ。
いわゆる「実習」は①と②。
③はどちらかというと座学だ。
(ビジネスマナーとか)
じゃ,実習って具体的に何やってんの?
というのがこちら↓
(一部省略)
溶接科
手芸科
陶芸科
木工科
農園芸科
電気工事科
情報処理科
介護福祉科
伝統工芸科
自動車整備科
給排水設備科
土木・建築科
クリーニング科
ひと目でわかる通り,ブルーカラー系の科目が並ぶ。
1つの施設でこれらすべてを実施しているわけではなく,施設ごとにこの中から4〜7科目程度を提供している。
かろうじて直接,雇用に繋がりそうなものは太字にしたもので,ほかのものはもはや「職業指導」と呼ぶのもどうかと思うものだが…
これらのほとんどは,昭和から続いている。
既に述べたとおり「情緒の安定」などが目的の1つでもあるため,これらの科目が並ぶことには,一定の必要性もあると僕は思う。
時代遅れであることは否定しないが…ケーキも切れない子どもたちにまさかプログラミングを教えるわけにもいくまい。
また…
少年院や刑務所をはじめ「塀の中」には基本的にインターネットがない。
GIGAスクール構想なんて,「どうやって導入するか」の議論にすらならないのが矯正施設の現状だ。
(一部,半官半民で運営されている刑務所では,ECサイトの運営実習が始まっているが…極めて異例)
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ブルーカラー系の科目が並ぶこともある意味では当然だ。
少年院に来る子の大半は,せいぜい高校中退。中卒も多い。
「どこの大学を出たか」という意味での学歴社会は消え失せたし,中高生が起業する時代でもあるが…
世間の多くの企業は「大学 or 専門卒」が基準になっていて,せめて「高卒」でなければ,ほとんどの企業には応募すらできない。
出院後,多かれ少なかれ働くことになる彼らの場合,必然的にブルーカラーに寄りがちなのだ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ちなみに…
体感的な話ではあるが,5年前くらいまでは「職人へのあこがれ」を口にする者が多かったように思う。
最近は「仕方ないから職人」という者は多いが,積極的に職人になろうとする者は減っているような気がする。
かつて非行少年に大人気だった「自動車整備士」も,暴走族がほとんどいなくなったからか…少年院で希望職種として挙がってこないことも多くなった。
かつては
①雇う側
>学歴がないからブルーカラーになるしかない。
②非行少年
>職人かっけぇ。俺もなりたい。
ということである意味で需要と供給が一致していたのだが,昨今は非行少年の側の志向が変わってきていると感じる。
難しいところだ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
何にせよ…
少年院では今も…
昭和以来の職業指導を行っている。
当然,指導は法務教官が行うわけだから,様々な施設を経験しているベテランは,もはや公務員というより立派な多職能の技能士だ。
実習の時間が減って,自分の活躍できる時間が減っている分,ベテラン教官の肩身は狭くなってきている。
(個人的には,そういうベテラン教官の「子どもとの距離の取り方」や「情緒的な関わりの深さ」こそ法務教官の本質だと思っている。若手が見落としがちな,ベテランの凄さの1つだ。)
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
陶芸などの制作活動は,本来的には…
①設計図を書く(計画性や緻密さ)
②黙々と向き合う(集中力)
③情緒の安定(マインドフルネス)
④協応運動(手先の器用さ等)
⑤創作による自己表現とカタルシス
への効果を狙ったものだと思うが,週に2,3度…合計5〜6時間程度しか実習が行われない現状では,それもなかなか難しい。
個人的には,そろばんや百ます計算,タイピングなどを極めていった方が,様々な面で効果的ではないかと思っているが…
恐らく向こう数年も,この状況は続く。
少年院の実習は,昭和からの伝統。
そして若手法務教官の鬼門だ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
大学生のうちにバイトを経験していたとしても…まさか溶接や工芸の技術を持っていることはまれだろう。
法務教官が仕事をしながら身に付けなければならない技術の1つが,この実習で扱う専門技術たちだ。
おまけ程度とはいえ,週に何度かこの時間が来るわけだから,ここで子どもたちに適切な指導ができないことには話にならない。
技術的なことを教えられない人間は,結局「静かに集中してやりなさい」しか言えなくなる。
当然…
それしか言えない教官に対する彼らの信頼は極めて薄い。
自ら範を示し,指導するに足る技量を持った上で,それをわかりやすく言語化し,段階的に提示できる人間でなければ…
いくら威厳を保とうとしても,何もできない。
非行少年と心で向き合おうとしても…指導がまともにできない人間が寄り添ったって,彼らにとってもウザいだけだ。
法務教官は国家公務員だが…
ブルーカラーで昭和な実習に,時に作業着を着て一緒に取り組む泥臭い仕事だ。
スマートにやろうとしてたら何にもできない。
本当に子どもたちと人間性を磨き合う関係を作りたければ,時に非番やアフター5を使ってでも,職業指導の科目の中からせめて1つか2つは技能を身につけておいた方がいい。
否定するのは簡単。
でも
少なくとも数年はこれが続く。
だから若手教官よ…
とりあえず子どもたちよりも上手に作業できるようになりたまえ。
わからなければベテランに教わるか,実習中に顔だして生徒に教えてもらうといい。
僕は自分の担任から色々教えてもらったよ。僕にとってのいくつかの技能の師匠は,少年院の中で出会った非行少年だ。
がんばれ。
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