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事実婚で詰むレベルで困ること
結婚して十数年経つ。
そのうちの数年間……確か最初の四年か五年目くらいまでは事実婚にしていた。
ただ同棲しているという状態の事実婚ではなく、親の戸籍から自分の籍を抜いて単独にし※、住民票の世帯を夫とひとつにして続柄を妻(未)にしていた。入籍しないつもりであると伝えたうえでお互いの両親だけ呼んで結婚式もした。確か、結婚式は私の両親の希望だったと思う。
当時はがちがちの事実婚はけっこう珍しくて、自分たちの関係性をたびたび丁寧に説明しなければいけない場面があった。そのため、事実婚のあいだは住民票の写しを持ち歩いていたりしていた。
そのままずっといくつもりだったけれど、ほどなくしてどうにもならない事態に直面して法律婚にした。今考えてもあれはけっこう深刻な問題だと思う。
今は多様性の時代なので、異性愛者間でもいろんなパートナーシップの形を考える可能性があるのではないかと思う。また、セクシュアリティによっては当事者たちが望んでも日本では法律婚が不可能な現状がある。
世間体や仕事上の問題以外のところで、法律婚でないとどうにもならない深刻な問題があることを経験談として共有しておきたい。
※除籍することは別に世帯をひとつにする手順として必須ではない。あくまでも心意気の問題
【事実婚の深刻な問題】命に関わる事柄に パートナーが権利を持てない
先に結論を書く。
法律婚でないと、配偶者としてそのパートナーに対する医療行為に同意するサインを書く権利がなかった。
たとえば事故等で本人に意識がなかったりして手術の同意がとれないとき、その説明と同意は配偶者がいればまず配偶者に求められる。配偶者がいなければ親兄弟だろうかと思う。これが事実婚だと不可能だった。
私には若い頃から分かっていた病気があり、結婚前から夫も知っていた。年を経るにつれて意外なほど悪化したため、結婚後に何度か計画的に手術をしなければならないことがあった。
手術するときは緊急でなくともけっこうな枚数の書類が出てくる。基本的な書類のサインは本人で良かったけれど、緊急時の処置に関する同意(術中の突発的な事態など)や複数のサインが必要なものは家族に求められた。事実婚のあいだに400床以上の大病院と大学病院とで手術をしたことがあるが、いずれも事実婚関係の配偶者ではそれが不可だった。
幸い私たちは親公認の事実婚だったので、未入籍の夫と私の両親の関係は良好だった。なので、事情を話すと私たちの意向に基づいて実母がわざわざサインのためだけに来てくれたり、そうでなければ事前に郵送でやりとりをしたりした。
ただ、この件をきっかけに私の両親は事実婚の継続に不安を示すようになった。私と夫が年を重ね、自分たちが死んだあとこういう問題は誰が対処できるのかと。そして、たいていのことは私の希望や意思を尊重してくれていた夫にもはっきり言われてしまった。
「これからいちばん近くで一緒に生きていくのは僕なのに、君の命に関わる事で蚊帳の外になるのは悲しいし辛い」と。
返す言葉もなかった。
自分の病気が原因でそう言われてしまうと譲歩せざるを得ず、結局そのあと法律婚に変えた。
しかし、それでも私たちには法律婚に変えるという手段があったけれど、同性カップルには現状、その選択肢そのものがない。これはやはり深刻な問題だと私は思っている。
その他の権利の問題
相続の問題
公正証書を作成して遺言書を残したとしても、全てを事実婚関係の配偶者に相続させることは難しい場合があったはず。確か、法定相続人が異議を申し立てるとそちらが優先されるというような話だった気がする。曖昧な話ですまない。
当時、自分は二十代で年上の夫もまだ三十代だった。しかもお互いフリーランスで大した資産もなかったから、その点はあまり問題にならなさそうだったのでよく覚えていない。その辺の問題がある人は行政書士か司法書士あたりに相談するといいと思う。
死亡保険金の受取人になれない問題
当時は死亡保険の受取人になるのも難しかった。外資系の保険会社だと可能な場合があるという情報があったが、私と夫が契約している生命保険は当時はまだ少数派だったその外資系だった。しかし、どちらの会社も事実婚関係の配偶者が受取人になることは不可能だった。私が契約している医療保険の方は、指定代理人になることは可能ということだった。つまり、私が意識不明等で医療保険の請求ができない場合、事実婚関係の夫が私に代わって請求することはできる、ということだ。
健康保険などの社会保険や扶養にまつわる問題
私たちの場合はフリーランス同士だったので大きな問題はなかった。個人事業主同士だと収入の額に関わらず、もともと扶養という概念がない。国民健康保険の場合は世帯をひとつにすると保険証がひとつになるのだが、未届の妻だったときどうだったのか忘れてしまった。確か法律婚と変わらない状態だった気がする。いずれにしても不便はなかったと記憶している。
このあたりは働き方や互いに経済的に自立しているかどうかによって、問題の難易度は変わる気がする。
まとめ
事実婚で直面する問題は、主に相続関係などの多額の金銭が絡むことが多い。ただ一方で、命に関わる問題にパートナーが主となって関われないという深刻な問題もある。私は病院関係については「老いれば誰もが皆、ひとりになっていくのだから」ぐらいに簡単に考えていた節があった。だから単純にそういうケースに則って処理されるものだと思っていた。しかし、未届の夫がいるのと独身はまた違うようだったし、何よりも当事者である夫の感情を軽視しすぎていた。
ちなみに、ここで挙げた話は十数年前当時のものだ。その頃はまだパートナーシップ制度などもなかったぐらいだから、今はもう少し進んでいる(改善している)部分があるかもしれないことは付け加えておく。
法律婚は権利系の問題がまるっとパッケージングされていてオートマチックになっている、便利な仕組みだと思う。事実婚はそれらひとつひとつに相談や手続きが必要で実際すごく面倒だ。
そんな面倒なのに、それでも事実婚を選びたい……もしくは、法律婚に抵抗がある理由は人それぞれだと思う。
私の場合はひとことで言えば、法律婚によって存在を脅かされるような感覚があったからだ。そこにはジェンダーの問題もあったと思う。法律婚に変えて、図らずも子どもを持つことになった今も葛藤が全くない訳ではないけれど、年を重ねた分だけ自分をなだめるのは上手になった。もちろん、理解ある夫と双方の親の存在も大きい。
現実問題と自身やパートナーの意向や価値観をつきあわせて、皆が納得できる選択ができるといいよね、と思う。そしていろんな選択が許容される社会であって欲しいとも思う。
……この種の問題は直接的な生産性がないから、進まなさそうだけれどな。