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企画小説|恋愛掌編|松下 央仁は、溺愛に気付かない(読了に約8分)

この小説は企画小説です。
内容面で読む人を選びます。
前書きをご一読のうえ、お進みください。



前書き

この小説は、楓莉さん発案企画、なみさんのお題設定による「BL作家やろうぜ!〜3つのお題小説 第5弾」参加作です。

BLです。
男性同士の恋愛要素を含みます。

こちらの企画は、お題ワード3つに加えて字数規定3,000-5,000の縛りがあります。しかもお題ワードが控えめにいっても頭おかしいです。そのため、お題小説としてはかなりハードな難易度。

しかしその難しさが癖になり、今月も楽しく参加させてもらいました。

内容は素直で闊達な年上スポーツトレーナーと、繊細で気難しい年下デザイナーの社会人カップルの日常です。

11月企画参加時に書き下ろした前作と同じ世界観で書きましたが、前作読まなくても内容分かります。


今回は後半部にぬっるいエッロの導入があるよ!
苦手な人はここでお帰りくださいね。


-概要-

<お題3ワード>
一年の振り返り
マルチーズ
ハミング
(見て! このワードのクレイジーさ!!)

<規定字数>
3,000-5,000
当作 4,519字(改行除く)

タイトル『松下央仁は、溺愛に気付かない』







本文


 ふわふわの白い毛。
 黒目がちな大きなまるい瞳。 
 この世の不条理や憂いなどなにも知らないかのような、そのまっすぐな目──。

「いやー、お客さんのマダムが急に体調崩しちゃって、娘さん夫婦が来られるまで預け先がないって困っていらしてさ。見て、マルチーズ。かわいいよね?」

 僕は犬は嫌いだ。
 その姿は、誰かを彷彿とさせるから。

「怒ってる?」

 短い間だって油断なんてできやしない。人懐こくて、愛情深い犬はあっという間に懐に入り込んでくる。入り込まれた方がどうなるかなんて、おかまいなしに。

 央仁おとに抱き上げられたマルチーズがこちらを見て、満面の笑みでワンっと鳴く。
 その瞬間、決めた。

「今日からホテルに泊まるから」

理仁りひとーー!!」

 さっと踵をかえし、背中から追いかけてきた声を無視して仕事部屋に戻り、パソコンバッグを取り出す。しばらく使ってなかったそれはうっすらと埃が積もっていた。

「理仁、ごめん。勝手に決めてきて」

 同じようにしばらく使っていないノートパソコンにアダプタとコードをつないで、電源を入れて動作確認をする。ロズキールのワイヤレスマウスのレシーバーユニットを外し、本体に収納してマウスをバッグに滑り込ませる。

「でも本当に困っていて、力になって差し上げたかったんだよ」

「きみのお人よしぶりは知っている。ここはきみの家でもあるんだから、別に好きにすればいい」

 ノートパソコンは問題なく動きそうで、ほっと胸をなでおろした。

「理仁。ごめんって、そんなに怒らないで」

「怒っていない。ただ、犬が居ては仕事にならない」

「俺が責任もって面倒みるから。絶対迷惑はかけないから、考え直して」

 央仁が抱き上げていた犬を下ろし、埃の積もったパソコンバッグの上に手を置いて準備を阻止しながら言い募る。
 なんでこのくらいでそんなに必死なんだろうか。

「たかが数日ぐらい、別々に過ごしたっていいだろう? きみは犬の面倒を見る、僕はいつもどおり静かな環境で仕事をする。そのためにホテルに行く、いったい何の問題があるの?」

 詰め寄るとぐっと央仁は言葉に詰まったものの、引き下がる様子はなかった。

「……理仁がホテルで行き倒れる可能性」

 思わずため息がこぼれる。
 こいつは未だそんなことを心配しているのか。

「あのね、あれから何年経ったと思っているの。今さらそんなこと起きないよ」

 僕はひどい低血圧のうえ不整脈持ちだ。そのせいで付き合いはじめたばかりの頃はうっかり失神することがたびたびあって、央仁はそれをいたく心配していた。根を詰めて仕事をすると食事や睡眠をおろそかにしがちで、悪循環にあったせいだった。けれど今は央仁に管理されているから、そうそう気を失ったりなんてしない。

「今さら?」
 その瞬間、央仁が色めき立つ。

「よく言うよ。昨日、低血糖になったばっかりだよね?」

「低血糖は気を付けていれば防げるから」

「いや、気を付けられないのがそもそもの問題だよね? 今だって俺が言わないと、平気で食事抜いちゃうでしょ」

 痛いところを突くようになったな、とは思う。
 前は駄目だ、嫌だとわめくばかりだったのに。

「ココは大人しい子だから、大丈夫だって。それでも気になるならイヤーマフして仕事しなよ」

「何が悲しくて家でイヤーマフしないといけないんだよ」

「いいから。ホテルはだめ、絶対」

 ぴしゃりとそう言い切る。
 こういうときの央仁は手ごわい。たいていのことは譲っても、僕の健康問題が関わると絶対一歩も譲らない。こうなると央仁に理詰めなんて通用しない。押し問答をすればただただ時間の浪費にしかならないうえ、小言は別のところにまで飛び火して増えていく。面倒だ。

「大人しいって言ったって、きみ、犬なんて世話したことないだろう。大丈夫?」

 ふふん、と央仁は笑う。

「どんなに難しくたって、理仁の世話に比べればマシだから」

 軍配は上がった。そうして僕は何も言わず、粛々とデスクのうえの開いたばかりのノートパソコンを片付けはじめた。

 央仁おとがお客さんの老婦人から預かってきたマルチーズは、ココという名だった。ココは美しいシルクのような毛並みで、黒いつぶらな瞳が愛らしく、トップをポンパーにして赤いドットのリボンで結んだおしゃれなお嬢さんだ。

 央仁は宣言したとおり、愛らしく人懐こいココをたいそう可愛がり、かいがいしくお世話していた。

 ココが来て三日目の夜、今日も央仁は僕の視線のさきで、彼女の美しい白い毛をブラシでといている。二種類のブラシとコームを細やかに使い分け、目じりをデレデレに下げて、気持ち良くハミングしながら。

 つらっと夕飯を抜いた僕は、小言とともに用意された夜食のきつねうどんをダイニングテーブルで食べながらその様を見ていた。

「まったくきみは世話好きだね」
 央仁はフリーのスポーツトレーナーで、普段はお客さんが健康で美しくいられるようトレーニングやレッスン指導している。つまり、人間のお世話を生業にしているようなものだ。僕としてはそのことを言ったつもりだったのだが──。

「そう。いつもは気難しい猫の世話に忙しいしね」

 昔の僕は確かにそうだったかもしれない。
 だけど、今はもう違う。

「猫は単独行動が好きなんだよ。人への依存度も低い」

 平静を装ってそう言ってやると、央仁は一瞬言葉ともに顔色を失って、それからやっと言った。

「ひとりが好きなのは知っているよ。今さら言われなくても」

 と、目を逸らし口を閉ざす。
 ちょっとした仕返しのつもりだったのに、これはまたへそを曲げたな。

 ココのブラッシング終わりでちょうど食べ終わった僕が席を立つと、彼女は央仁の手から離れ、小走りでキッチンまでやってきた。
 食器を食洗器に入れて手を洗い、足にまつわりつくココを抱き上げる。ココが顔をなめようとするので目を細めてちょっと避け、かわりに頭を撫でるとブラッシング直後の白い被毛はつるつるで、ほんとうにシルクのようだった。

 ふと視線に気づいて目をやると、央仁がなんだか羨ましそうな顔をして見ていた。

 なんで?
 それ、僕に対して? それとも、ココ?
 まさか犬にまで嫉妬するのか?




 年の瀬に嵐のように現れたかと思われたココは、嵐は起こさず、かわりに湯たんぽみたいな温かさとその余韻を残し、予定どおり四日で去っていった。今、央仁の手にはお礼にいただいた山形県の有名な酒蔵の大吟醸がある。

 ココが大吟醸に変わってしまって、がらんどうのようになった大晦日おおみそかのリビングに佇んでいた僕に、央仁が冗談めかしていった。

「そんな寂しそうな顔しないでよ。俺がいるじゃない」

「そうだね」

 素直にそう答えると、央仁はちょっと驚いて心配そうに顔を覗き込む。央仁は僕の感情の変化にすごく敏感だ。

「今年ももう終わりだね。おせち食べる?」

 気づかわしげな視線を逸らすようにして話題を変える。

「え? いいの? やったー!」

 央仁はもともと東京の生まれだけど、子どもの頃にご両親を失くし、岩手に住まう叔父夫婦のもとで育っていた。そちらの家では東北地方の風習なのか、おせちは元旦でなく大晦日から食べていたらしい。

「鮭といくら入っている?」
「入っているよ」

 それを知ってからおせちを大晦日には食べられるように作るようになったし、その中身は央仁が好む東北地方寄りのものに変わっていった。

「今年も平和な一年だったよね。特にトラブルもなく、お互い仕事も順調」

 好物の鮭の幽庵ゆうあん焼きを嬉しそうに頬張って央仁が笑う。

「一年の振り返りかい? 珍しいことするね」

 こうやって一緒に着実に年を重ねてきた。
 僕たちの生活はおおむね平和で穏やかだ。大変だったのはつきあったその年、一年目のときだけかもしれない。その年、僕は事故なようなものに巻き込まれて、央仁はそれを自分のせいだとひどく悔いていた。

「平和がいちばん。このままがいいよ」
 同じことを思ったのか、央仁はふと力なく笑った。

「だから、来年も無理はしないようにね?」

 央仁は僕の気持ちが離れることはもちろん、なによりもそれ以上に僕が死ぬことを恐れている。

 だけど、それでも。
 できるなら、僕は央仁より先に死にたいと思っている。たとえそれがどんなに残酷な望みだとしても。

「分かってる、気を付けるよ」

 つきあう前、央仁は僕を運命の人だと言った。だから、どうしても諦められない、性別が問題ならそれを飛び越えてくれ──とも。

 僕を手中に収めたくて四苦八苦するその姿を、僕がどんな思いで見ていたか央仁はきっと知らない。真っ直ぐな思いを退けつづけたのは、男だったからじゃない。

「……やけに素直だね。やっぱりココが帰って寂しくなった?」

 央仁には不思議な能力がある。僕のささいな揺らぎや痛みを素早く察知して、すぐにケアしようとしてくれるのだ。

「いいや、そうじゃないけど」

 こういう人間がそばにいると、きっと弱くなってしまってひとりで立っていられなくなる。そう思うと、ぞっとするほどに怖かった。実際、央仁と一緒にいることを選んでしまった僕は、この八年の間に見る影もなく変わってしまった。もう、残念ながらひとりでは──央仁なしでは、とても生きていけない。

 そう思うぐらいには大事に思っているのに、央仁はいつまで経っても自信がないのか、この思いだけはうまく察知してくれず、放っておくとひとりで勝手にこじれていじけていく。

「長くきみと一緒に居たいからね」

 だから、たまにはっきり言葉にして言ってやらなければならない。
 少しの取り違えも誤解も生まないように、はっきりと。
 きみは僕にとって特別な、替えの利かない大事な存在なのだと。

 

 先にベッドに入ってうつらうつらしていると、央仁が寝室に入ってきたのが分った。
 そして、自分のベッドに入らず僕のベッドに入ってきた。

 ──ああ、そういうつもりなんだね。
 どうしようかな、と思う。

 セックスは嫌いなわけじゃない。だけど、央仁はいつだって僕の不整脈をひどく心配しているから、思うようにさせてあげられないのが悲しいんだ。どんなに大丈夫だと言っても、央仁は最中だって僕を失う怖さから逃れられていない。

 僕はきみよりも先に死にたいし、僕のものはなんでも全てあげてしまいたい。だから、たとえまっただ中に死ぬようなことがあってもかまわないんだけど。

 でも、もしそんなことになったら、央仁はきっと立ち直れないぐらい後悔するだろう。だからやっぱり、死なないように十分に気を付けなくちゃならない。もう──面倒だな。

 今日は疲れてないし、たぶん大丈夫かな。
 大丈夫なような気がする。

 目を合わせると央仁がまるい瞳で見ていた。ココのような目だな、と思った。

 唇を重ねてやると、待っていたと言わんばかりに手を伸ばし、まるで僕の存在を貪るように味わいはじめる。
 そのうちにいつもは理路整然としている頭のなかが、だんだんと熱に浸食されて秩序を失っていく。

 そうして、わずかに残った理性の切れ端で考えた。

 本当に大丈夫だよな?
 これ、心臓、止まらないよな──?


(了)



 


読んでくれてありがとう!

11月の企画小説をきっかけに生まれたこのふたりの話は、現在長編化しています。

12月時点で9万字まできており、完成度は6割ぐらい。
2月頃から連載予定なので、興味を持ってくれたらぜひ見にきてくださいな。

ちなみに……長編化のきっかけになった前作ではスポーツトレーナー松下央仁氏側の視点で書いており、対比したつくりになっています。未だの方はぜひ。


企画に参加されている他の方の作品はこちらから読めます。

お題小説はこれが楽しみなんですよね!
今日は間が悪いことに予定が立て込んでいるので、私は深夜から明日にかけてゆっくり楽しませてもらうつもりです。


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