性犯罪に関する新たな構成要件の提案

第5/強制性交等の罪の構成要件(3)

1 強制性交等の罪(後段)の構成要件

では、いよいよ強制性交等の罪の構成要件について分析してみよう。まず、再度、条文を確認しておこう。

第177条 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

同条は、いくつかの構成要件を1つの条文で規定しており、まず、前段と後段で異なる。後段の罪の方が暴行・脅迫要件がなく単純なので、最初に、後段の構成要件から手を着けよう。さらに、ここには3つの類型が規定されている。それぞれ、別の構成要件である。

(1)強制性交罪=13歳未満の者に対し、性交をした。

(2)強制肛門性交罪=13歳未満の者に対し、肛門性交をした。

(3)強制口腔性交罪=13歳未満の者に対し、口腔性交をした。

ここでまず考えなければならないのは「性交」「肛門性交」「口腔性交」が、単純な行為なのか、結果を伴う行為なのか、ということだろう。

前回題材とした殺人罪の「人を殺した」という行為は、結果を伴う行為であった。だから、人の死亡という結果が発生しないと「人を殺した」とは言えなかった。

これに対して、行為には、単純な身体の挙動だけで、特段の結果を伴わないものがある。例えば「暴行」という行為を考えてみよう。暴行罪(刑法第208条)は、人に対して暴行を加えることだけが構成要件である。では、ここにいう「暴行」とは、単純な行為か、結果を伴う行為か?

ここに言う「暴行」は、直接人の身体に向けられた有形力の行使である、と定義される(これを「狭義の暴行」という)。ここにいう有形力とは何かは、ややわかりにくいが、物理的な力と考えてほぼ間違いない。殴るとか、蹴るとか、である。道具や物を使っても、もちろんよい。棒で殴りかかるとか、石を投げ付ける、などである。では、次の事例の場合、Aには暴行罪が成立するか?

【事例1】
Aは、Xに向かって石を投げたが、コントロールが悪かったため、石はBには命中しなかった。

この場合、命中しなければ暴行罪にならないという見解もあるが、一般的には、暴行罪になると考えられている。直接Xに向けられた有形力の行為が認められるからだ。身体への接触は必要でない。狭い室内で日本刀を振り回した場合が暴行に当たるとした有名な判例がある。

このように、接触等がなくても暴行であると考える見解は、暴行という行為に「結果」の発生を要求していない。その行為による何らの効果(事態の変化)を伴わなくても、人の身体に向けて有形力を行使したというだけで「暴行を加えた」と言えるというのだ。

このように考えた場合、暴行罪(刑法第208条)の構成要件は、次のようになると考えられる。

さて、話を強制性交等の罪に戻すと「性交」「肛門性交」「口腔性交」は、殺人のように結果を伴う行為か、暴行のように結果を伴わない行為か?

例えば「性交」の定義は、男性器を女性器に没入することであるが、これには、男性器が女性器の中に入ったという事態が惹き起こされることが必要とされる。たとえ男性器を女性器に入れようとして、女性の股間に男性器を押し付けたとしても、――例えば、固さの不足のため――それが入らなければ「没入した」とことにはならない。

これは、口腔性交だともっと考えやすい。相手方が強く口を噛みしめていたため、どんなに入れようとしても陰茎を相手の口腔内に入れることができなかったという場合を考えることができる。

つまり「性交」「肛門性交」「口腔性交」は、いずれもその行為によって一定の事態の変化(=結果)が生じたことを必要とする行為だといえる。

そうすると、例えば「性交」であれば、実行行為(男性器を女性器に没入しようとする行為=男性器を女性器に没入する現実的危険のある行為)と結果(男性器が女性器に没入されたこと)、両者の間の因果関係とう3つの要素に分解できることになる。これは「肛門性交」「口腔性交」でも同様である。

そして、前回見たように、犯罪は原則として故意犯とされるから(故意責任の原則)、主観的構成要件要素として「構成要件的故意」が必要とされることになる。

そうすると、強制性交等の罪のうち、後段に規定された13歳未満の者に対する場合の構成要件は、構造的には、殺人罪と同じカタチをしていることになる。次のとおりだ。

構成要件要素は4つであり、これら4つの構成要件要素をすべて充足したうえで、違法性阻却事由も責任阻却事由もなければ、後段の強制性交等の罪は成立することになる。

2 強制性交等の罪(前段)の構成要件

次に、前段の強制性交等の罪の構成要件について見てみよう。

(1)13歳以上の者に対し?

まず、前段の場合には、性交等の相手方が「13歳未満の者」であるという縛りが外れる。つまり、13歳以上の者であってもよい。注意すべきなのは「13歳以上の者でなければならない」というワケではない、ということである。

強制性交等の罪の場合、後段の「13歳未満の者」という点にこそ特別な意味(暴行・脅迫が不要で、同意があっても無効)があり、前段において13歳以上であるということが重要なワケではない。

しかも、仮に13歳未満の者が前段の罪から除外されると解すると、13歳未満の者に対する強制性交等の罪において、未遂罪の成立時期が遅くなり、かえって13歳未満の者に対する保護が弱くなるという不都合を生じてしまうのである。

未遂」とは、犯罪の実行に着手してこれお遂げなかった場合をいい(刑法第43条)、特に未遂罪を処罰する旨の規定がある場合は、未遂も処罰の対象とされることになっている(刑法第44条)。

(未遂減免)
第43条 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
(未遂罪)
第44条 未遂を罰する場合は、各本条で定める。

そして、強制性交等の罪についても、未遂罪は処罰されている。次のとおりである。

(未遂罪)
第180条 第176条から前条までの罪の未遂は、罰する。

この中には第177条も含まれているから、強制性交等の罪の未遂も処罰されるのだ。つまり、強制性交等の実行の着手して「遂げなかった」場合、つまり、強制的に性交、肛門性交、口腔性交等をしようとしたのにその「結果」が発生しなかった場合、既遂にはならず、強制性交等の罪は成立しないが、「実行に着手」さえしていれば、同罪の未遂罪として処罰されることになる。

では、犯罪の実行に着手したとは、いつのことをいうのか。一般的には「実行の着手」とは、実行行為の開始を意味すると言われ、強制性交等の場合、前段の罪であれば、性交等を意図して暴行や脅迫を開始した時となる。後段の罪では、性交等の結果を発生させる現実的危険のある行為を開始した時、つまり、性交しようとし始めた時である。

そのため、もし仮に前段の被害者に13歳未満の者が含まれないとすると、例えば、13歳未満の者に対して性交等をすることを意図して行為者がこの者に暴行を加えたが、被害者が何とか逃げたため性交等には至らなかったという場合、後段の罪ではまだ「実行に着手」していないので、強制性交等の未遂罪が成立しないことになってしまう。そこで、一般的には、前段の罪において相手方が「13歳以上」であることは要件ではないと解されているのだ。

(2)暴行または脅迫を用いて

前段の罪の解釈で重要なのは「暴行又は脅迫を用いて」という点である。

最も広い意味では、「暴行」とは、人や物に対して有形力を行使することであり、「脅迫」とは、人に対して害悪を告知することである。「害悪を告知する」とは、例えば、殺すぞ、家に火を点けるぞ、お前の性癖をみんなにバラすぞ、などと人に告げることである。口で告げるだけでなく、手紙やメールでもよいし、態度で示す場合もある。

そこで、このような「暴行」「脅迫」を、先ほどみた後段の構成要件に単純に加えると、強制性交等の罪(前段)の構成要件は、次のようになると考えられる。

しかし、実際には、これは正しくない。これでは「暴行」「脅迫」は反映されているものの、「用いて」という点が反映されていないからだ。

暴行または脅迫を「用いて」とは、これらを「利用して」あるいは「手段として」という意味である。つまり、これらの行為がもっている外部に対する影響力が、その犯罪の遂行に役立っているという意味だ。

そこで、このような暴行・脅迫によって、性交等の遂行に役立つ外部的変化が生じたことが必要であると考えられる。そして、強制性交等の罪の場合、これは「相手方の反抗が著しく困難になったこと」と考えられている。

つまり、暴行・脅迫により、相手方の反抗が著しく困難になり、行為者がこのような状況を利用して性交等をした、というのが「暴行又は脅迫を用いて性交等をした」ということの意味である、と理解される。

そうすると、強制性交等の罪(前段)の構成要件は、次のとおりとなる。

若干、解説しよう。

まず「暴行又は脅迫を用いて」とは、暴行・脅迫によって、相手方の反抗が著しく困難な状態が作り出され、行為者がこれを利用した、という意味であると解釈する。

そこで、ここにいう「暴行」や「脅迫」は、単にその行為があればよいではなく、「反抗が著しく困難な状態」を生じさせなければならない。そこで、これも構成要件要素に加えられる。このような「行為によってもたらされた事態の変化」は、一種の「結果」である。

そして、そうなると「実行行為」と「結果」との間には、当然に「因果関係」が必要とされるから、これも構成要件要素に加えられることになる。

①実行行為
暴行または脅迫

②結果
相手方の反抗が著しく困難な状態

③因果関係
上記①と②との間の原因・結果の関係

さらに、このように「実行行為」が一定の結果を伴わなければならないと考える場合、この「実行行為」には一定の限定が加わる。すなわち、その「実行行為」は、そのような「結果」を生じさせるのにふさわしい行為でなければならない、と考えられる。

そのため、ここにいう「暴行」や「脅迫」は、単なる有形力の行使や害悪の告知ではなく、「相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫」でなければならないと理解されることになる。このような暴行・脅迫を「最狭義の暴行・脅迫」という。

(3)まとめ

そこで、以上をまとめると、強制性交等の罪(前段)の構成要件要素は、以下の7つであるということになる。

①実行行為1
相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行または脅迫

②結果1
相手方の著しく反抗困難な状態

③因果関係1
上記①と②との間の原因・結果の関係

④実行行為2
男性器を女性器、肛門または口腔へ没入させる現実的危険のある行為

⑤結果2
男性器の女性器、肛門または口腔への没入

⑥因果関係2
上記④と⑤との間の原因・結果の関係

⑦構成要件的故意
上記①に対する認識および②から⑥までに対する予見

(4)強盗罪の構成要件との比較

さて、このような強制性交等の罪の構成要件に対する理解(解釈)は、実は、この罪を強盗罪(刑法第236条)とほぼ同様に理解しようとするものである。強盗罪の条文は、次のようになっている。

(強盗)
第236条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。
 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

この刑法第236条のうち、第1項は暴行・脅迫によって財物の占有を奪った場合、第2項は暴行・脅迫によってそれ以外の財産上の利益を取得した場合である。後者は、1項の強盗罪と区別する場合には、特に「強盗利得罪」とか「2項強盗罪」と呼ばれる。

この条文を見ると「暴行又は脅迫を用いて」という文言が、強制性交等の罪と共通していることが判るだろう。この強盗罪(1項)の構成要件は、次のように理解されている。

これを見て、先ほどの強制性交等の罪(第177条前段)とかなり似ていることがご理解いただけるだろう。少し説明しよう。

第1に「強取」は、暴行・脅迫によって他人の財物を盗るという意味であり、盗るという点においては、窃取(235条)、盗取(238条)などとの間に意味の違いはない。占有者(相手方)の意思に基づかないで(あるいは意思に反して)財物を相手方の占有下から離脱させ、自己または第三者の占有下へと移すことを意味している。このようなことが「暴行又は脅迫を用いて」行われた場合が、強取であり、強盗(236条1項)である。

強制性交等の罪の場合は、ここが「性交」「肛門性交」「口腔性交」になっている。

第2に「暴行又は脅迫を用いて」の解釈は、強制性交等の罪と近いが、少しだけ異なっていることに気付くだろうか。強盗の場合は「反抗を抑圧する程度」の暴行・脅迫であることが必要とされ、その結果として「相手方の反抗が抑圧されたこと」が要求されている。

これに対し、強制性交等の罪の場合は、「相手方の反抗を著しく困難にする程度」で足りると解されている。つまり「抑圧」までは必要とされていない。これは、かつての強姦罪の時代からの判例・通説の解釈で、多少ではあるが、女性保護の観点からであろう。法改正により強制性交等の罪は男性をも被害者に含むようになったが、特に解釈は変更されていないようだ。

第3に、強盗や窃盗、詐欺、恐喝などの罪においては、主観的構成要件要素として「構成要件的故意」のほかに「不法領得の意思」というものが要求されている。他方、強制性交等の罪の場合には、これに類するものはない。これも違いの1つである。

なお、強制わいせつ罪(刑法第176条)では、つい最近まで「不法領得の意思」に類する主観的な構成要件要素(自己の性欲を刺激興奮させ満足する意図)を要求するのが判例であったが、最高裁判決で判例変更され、現在では必要でないとされている。学説上も、現在では不要説が強くなっている。

強盗罪は、財産権を保護法益とする犯罪であり、強制性交等の罪は、性的自由を保護法益とする犯罪であり、両者は、保護しようとしている法益という点ではまったく異なっている。だが、その条文の文言や構成要件の構造が類似することから、強制性交等の罪は、いわば「性犯罪における強盗罪のようなもの」と理解されている。

なお、平成29年改正前の強姦罪(第177条)の法定刑は「3年以上の有期懲役」で強盗罪(第236条)の法定刑よりも下限が低かった。この法改正で、強制性交等の罪(第177条)の法定刑は「5年以上の有期懲役」とされ、この点での違いは解消されたことになる。つまり、効果の点でも、両者は平仄を合わせた形だ。

3 結び

この3回を通じて、強制性交等の罪(刑法第177条)への理解が相当に深まったのではないかと思う。

そこで、次回は、その理解を活用し、静岡地裁浜松支部平成31年3月19日に下された強制性交致傷事件についての無罪判決について、新聞報道を手掛かりに分析してみたい。



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