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お庭の守り神|短編小説|念願かなって郊外の素敵なお庭がある家に引っ越したマリコさん、でも先代から引き継いだのは困ったお庭番でしたが


            お庭の守り神
                        くれ まさかず 
春一番が吹いて、マリコさんは計画を実行に移すことにしました。
「今年のお花見は、きっと最高よ!」
 マリコさんはリビングの窓から早春の庭を眺めながら、今からもう待ちきれないという様子です。
 ご主人のフミオさんは、そんなマリコさんが可笑しくて、笑っていました。

 二人が都心の集合住宅から郊外の戸建てに引っ越してきたのも、お庭が欲しかったマリコさんのたっての希望でした。
 中古の平屋建てでしたが、広い庭があり、前の住人もガーデニングが趣味の老夫婦でした。
 その家の老夫人とは園芸教室で知り合ったのですが、マリコさんとはすぐに親しくなりました。自分もいつか、こんなおばあちゃんになりたいと思いました。
そして、その老夫婦が遠くにいるお子さんと同居するため引っ越すことになり、ご縁があってこの家を譲り受けることになったのです。
老夫婦も庭好きのマリコさんに、思い入れのある家と庭を引き継いでもらえて喜んでいました
 老夫婦が残して行ったお庭は、手直しするところはどこにもないくらいの素敵な造りでしたが、ただ一つだけマリコさんが気になっていたことがあります。それはお庭の真ん中にある石でした。ちょうど中型のスーツケースくらいの大きさです。
 冬の間、マリコさんはその石を眺めながら考えていました。
「もう少し左の方へ寄せれば、あの石に腰掛けてお花見ができるのになあ…」

 桜の蕾が少し膨らんできました。
「お花は、もう少し先ね」
 マリコさんは頭上に張り出した桜の枝を見上げていました。
傍ではフミオさんが問題の石を動かすために穴を掘っています。
「これくらいでどうかな?」
 「そうね、それくらいでいちど横に倒して、あとは引きずっていけば動かせそうじゃない」
「はいはい、現場監督の仰せのままに」
 フミオさんはスコップを置いて、石を横に倒す準備を始めました。
「よいしょっと、…………あれっ!」
 石を抱えて半分くらい横に起こしかけたところで、フミオさんは思いがけないものを見つけました。
「監督さん、ちょっと」
「えっ、何?」
 フミオさんは両手で石を支えながら、目で石の下を指しました。
「何?…… わっ!キャー!へび!…」
 マリコさんは驚いて後ろにひっくり返ってしまいました。石の下にはトグロを巻いたヘビが冬眠していました。
 マリコさんのルンルンだった気分は一瞬で吹き飛んでしまいました。
「とりあえず、石を元に戻すよ。手がしびれてきた」
 フミオさんはそう言うと、ゆっくりとヘビを潰さないように気を付けて石を元の位置に戻しました。

 ソファーで紅茶を飲みながら、マリコさんは途方にくれたように、庭の石を見ていました。
 フミオさんはすっかり落ち込んでしまったマリコさんの気分を少しでも和らげたいと思い
「あれはシマヘビだよ。子供のころ見たことがある。この辺りにはまだ田んぼや畑が残っているから、ヘビさんも健在なんだ。それにしてもいつからあそこを寝ぐらにしていたのかな?」
「冗談じゃないわよ、私の大切なお庭を勝手に寝ぐらにするなんて……」
「でも、昔から家に居着くヘビはその家の守り神とも言われているよ。そういう意味じゃ、あのヘビさんはマリちゃんのお庭の守り神かも知れない」
 マリコさんはフミオさん睨みつけましたが、今フミオさんが言った『庭の守り神』という言葉が何故か気になりました。
「あっ!」
 マリコさんはこの家を譲り受けたときにあの老夫人が言ったことを思い出しました。『マリコさんこのお庭にはね、とても良い庭番がいて、ご近所のお庭がモグラやハタネズミの被害に遭ってもうちだけはいつも大丈夫なの』
‘ その時マリコさんは、『とても良い庭番』’というのはてっきり連れ合いのお爺さんのことだと思っていました。でも老夫婦があのとき顔を見合わせていたずらっぽく笑っていた意味が、今ようやく分かったような気がしました。
(あのヘビさんが庭番だったのね、でもお二人はヘビが怖くなかったのかしら…)

マリコさんは、ちょっと気が進まない面もありましたが、それでもあの老夫婦を信じるしかない思いました。
「ねぇ、シマヘビって人を襲ったりしないの?」
「ヘビはこちらが悪さしなければ何もしないと思うよ。子供の頃、ヘビをイジメてる子がいると『コラッ、ヘビに構うな、ヘビはネズミを退治してくれる有難い動物だ、神様の使いだぞ』って近所のお爺さんが叱ってたな」
 マリコさんは、庭にヘビがいることをフミオさんがあまり気にしていない、それどころか面白がっているようなので、そのこともあってヘビのことを前向きに考えることができました。
「そうなの、神様の使いなの、それじゃあ仕方ないわね」
マリコさんは悩みましたが、あの大好きな老夫人がヘビをそのままにしていたのだから、自分もそうしようと決めました。
(石はあのままにしておくわ、ヘビさんも居ていい、その代り私とおばあちゃんの大切なお庭をしっかり守ってよ、お庭番のヘビさん)
 マリコさんは桜の木とその下の石を眺めながら嬉しそうに言いました。
「早く、桜咲かないかな」

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