燐寸の函で友情を語る(内田百閒・芥川龍之介)
【その21】
「芥川は、煙草に火を点ける時、指に挟んだ燐寸の函を、二二度振って音をさせる癖があった。
芥川の死後、ふと気がついて見ると、私はいつでも煙草をつける時、燐寸を振っていた。以前にそんな癖はなかったのである。又、芥川の真似をした覚えもない」
『追懐の筆』
内田百閒
中央公論新社 2021年 31頁 『湖南の扇』
これを読んだ時、いつの間にやら自分の中に記憶されていた、燐寸の箱を振った時に聞こえるあのカシャカシャという音が、何とも言えない懐かしさと心地よさでよみがえった。
特に思い入れのある音ではなかったのに。
この内田百閒による『追懐の筆』は、彼と親交のあった人たちの死にまつわるエッセイである。
中でも芥川龍之介を書いた『湖南の扇』は秀逸だ。
百閒と芥川がどれだけ親しかったかについて、具体的な言葉では言い表されていない。
ただ最後に、
「これで筆を置いて、何年ぶりかに、燐寸を振って、煙草に火をつけて、一服しようと思ふ」
とだけ書かれてある。
きっとこれがそのすべてである。
大切なことは、具体的な言葉で言い表すことはできない。