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米が買えない状況から見えてきたこと

危うく我が家が米難民になるところであった。

ここ最近、米が店から無くなり、
通常なら次の米を買うタイミングを過ぎても
なかなか次の米が調達できないという
事態に陥っていた。

思えば前回7月に米を買ったときから
値段がおかしいと感じていた。

幾らものの値段が上がっているからと言っても
あまりに米の値段が高かったからである。

しかも通常なら10㎏と5㎏が置かれている棚には
なぜか5㎏のものしか置かれていなかった。

店側も供給が少ないことを理由に
値段をあげていたとすれば、
この時には既に今の状況が見通されていたのであろう。

今回は何とか知り合い方が米を作られていて
その方から購入する形で凌ぐことができたが、
通常のペースであれば今回購入した米は
1か月と少しで無くなる計算である。

世の中に出ている情報をもとにするなら
1か月後には新米が出回るので
供給が極端に不足する事態は避けられるようであるが、
正直私はこんなにも米が買えない状況は
とても恐ろしいと感じた。

なぜなら、米さえあればなんとかなると
思っていたからである。

有事や災害時のことを積極的に想像はしたくないが、
そのようなシチュエーションに陥っても
我が国には自国で生産する米がある。

農林水産省の発表する令和5年度の
食料自給率はカロリーベースで38%。

農林水産省HPより抜粋

カロリーベースという言葉が
あまり聞きなじみのない言葉であるが、
単純に言うと、消費される食糧をカロリーに換算し
そのうち自国で生産されている分をカロリーにして
算出したものである。

私達が生きていくためには一定のカロリーを
摂取しなくてはならないので、
カロリーベースでの自給率が38%ということは
自国だけの食糧では私達は1/3程度のカロリーしか摂取できず
生きていけないということを指す。

この数字だけを見ると、我が国の食糧は
本当に大丈夫なのかと不安になるが、
過去からずっと米の自給率は100%だと
私達は聞かされてきた。

これはどういうことかというと、
最悪何かの事象があって海外から食料が
入らないということが起こっても
米をこれまでと変わらず食べることができると
いうことである。

なので、私は心のどこかで
「米さえあればなんとかなる」と思っていた。

だが、今回の事態でそれが完全に
私の思い込みであることが分かった。

なぜなら、米の自給率が100%というのは
分母が現状消費される米の量に対する
数字だからである。

私達の食事を考えてみると米が中心とは言いながら
米以外のもので摂取するカロリーは
明らかに高い。

同じく農林水産省のHPから抜粋したデータでは
日本人一人当たりが摂取する米の量は
年々減少傾向をたどっており、
これは多くの人が米以外の選択肢を選ぶように
なったことが影響していると考えられる。

農林水産省HPより抜粋

このデータを見ると今から60年ほど前に比べ
私達1人当たりが食べる米の量は
半分以下になっているのである。

総務省のデータによると1965年は約9900万人だったので、
当時の人が110㎏を1年で消費していたとすると
110㎏×9900万人=1,089万t
現代が約1億2千万人で50㎏を1年で消費するとすれば
50㎏×1億2千万人=600万tとなる。

我が国の米の自給率は100%と言いながら
明らかに米の需要は下がり続けているのだ。

同じ100%で分母が小さければ当然分子も小さくなっていく。

つまり、我が国に何かあったとした場合
自国に米があることは間違いないが、
それは減少した消費量に対する数値であり、
米以外の選択肢が無くなった状況において
米だけで私たちが生きていけるかというと
答えは完全にNoなのだ。
(なにせカロリーベースでの食料自給率は38%である)

米が私達が生きていくために十分にあるならば、
幾ら新米が出回る前の品薄な時期だとはいえ、
今回の様に米が店の棚から消えるという事象が
起こるはずがない。

少なからず災害への備えが今回の事象に
影響はしていると言われているが、
今回の事象は改めて我が国食糧事情について
目を向けるいいチャンスではないかと思う。

私たちの食事になくてはならない米に
今回はフォーカスして書いてみたが、
ほんの少しデータを探してみるだけでも
これまで知らなかったことが見えてきた。

私はテレビのニュースを見ないので
ニュースでこの事象をどのように報道しているかは
全く知らないが、
ニュースで解説されることを見て納得するのではなく、
自らデータを探してみて「本当はどうなのだろうか?」と
考えてみることも大切なのではないだろうか。

そんなことを思いながら炊き立ての白ご飯を
子供たちの弁当に詰める私であった。

ちなみに、毎日弁当は嫌でも米を入れているが、
子供たちの給食が始まるとパンの割合が
明らかに上がるだろう。

国民一人当たりの米の消費量を上げるには
まず給食の米率を上げることを
検討してもいいのではないかと思う。

と言いながら子供の頃、私は給食で出てくる
黒糖コッペパンが大きな楽しみであった。

もしかすると私たちの味覚は
子供のころから少しずつ米離れするように
作られてきたのかもしれない。

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