私はアカハライモリ
私はアカハライモリ。
名前はまだない。
というかこれからもないだろう。
この家に来て間もなく5年になる。
5年も前になると記憶が定かじゃないけど
確かあれは田植えが始まるころだった。
田植え前に開けられた水路から
カエルたちと一緒に田んぼに入り
そこで過ごしていたら
ある日の夕方、突然網で捕まえられた。
そして気が付いた時には私はここにいた。
捕まえられた時はピンクのバケツに
入れられたような気がするが
私が入れられたのは透明な家だ。
この家は最初は落ち着かなかった。
なにせしょっちゅう人間に見られるんだもの。
私がフラフラ泳ぐ様子も
時々水面に浮かべられる乾いたイトミミズを
食べるところも
人間は見ようとしてくる。
「私は見世物じゃないぞ」と言いたくなるけど
当然ながら私の言葉は彼らには通じないだろう。
最初は私を捕まえた坊ちゃんとお母さんが
よく私のことを見ていたけど、
だんだんとその回数は減ってきた。
もともと見られるのは好きじゃないから
それ自体は嬉しいのだけれど
坊ちゃんたちは私に対する興味を無くしたと思うと
どこか寂しい気もする。
でも、坊ちゃんたちの代わりに
この家のおじさんが私の世話をしてくれるようになった。
いつも私に何か声をかけながらイトミミズを入れてくれるし
部屋が汚くなってきたら掃除もしてくれる。
そして、時々どこからとってくるのかわからないけど
生きたミミズを入れてくれる。
私はそれを食べるのがとても好きだ。
いつも食べている乾いたイトミミズも悪くないけど
生きたミミズを食べていると田んぼの横の
水路に住んでいた頃を思い出すんだ。
あの頃は色んなモノが目の前に溢れてて
私以外にも色んな生き物が周りにいた。
そんなにぎやかだったころを思い出すと
何とも言えず懐かしい気持ちになる。
でも最近寒い日が続くからおじさんも
ミミズを取ってきてはくれないらしい。
そりゃ寒い時にはミミズも深くにもぐって
じっとしてるだろうしね。
久しぶりに生きたミミズが食べたいなと
思っていると部屋の扉が開いた。
ふと見上げるとおじさんの汚れた手と
何だか嬉しそうな顔がそこにあった。
その汚れた手からおもむろに落ちてきたのは
生きたミミズだ。
今日も寒い日だったのに、
おじさんはどこからかミミズを取ってきてくれたらしい。
久しぶりの生きたミミズに思わず
興奮してしまう。
水に入れられたミミズはすぐに部屋の下に沈む。
クネクネと動き回るミミズに狙いを定めて
大きな口を開けるけど、
久しぶりだからだろうか上手く口にはさめない。
3回目のトライで何とか口にはさめたけれど、
今度はミミズが動いてなかなか飲み込めない。
なかなか飲み込めないミミズにじれったい気持ちになる。
でも、これが私の楽しみなのかもしれない。
おじさんのように顔の表情を変えることは
できないけれど、
1匹目のミミズを無事に飲み込んだとき
私はおじさんのように口を開けて笑った。
あんまり開けてるとせっかく飲み込んだミミズが
出てきちゃうからそっと開けたんだけどね。
ところで、私を捕まえた坊ちゃんを先日見かけたら
知らぬ間にとても大きくなっていた。
坊ちゃんはまだまだ大きくなるのかもしれない。
それを時々眺めるのも私の密かな楽しみかもしれない。
生きたミミズ以外にも楽しみがあるのは嬉しいもんだ。
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