2022年上半期 映画ベスト10
2022年1月~6月に日本で公開された作品のうち、劇場へ足を運んで見ることができたのは48作品(作品リストは最後に記載)。そこから個人的ベスト10を選んでみた。
正直、1位と2位はとても迷った。決め手となったのは、血縁関係を介さない人同士が集って、自己開示をして心の傷を癒していく「回復共同体」という関心のあるテーマだったという点。
それでは、もったいぶって、10位からどうぞ。
(ランキング発表の後、勝手に男女別に主演・助演賞候補もセレクトしました!)
第10位 さがす
(監督:片山慎三 主演:佐藤二朗 2022年/日本)
「前情報なしで見ろ」「ネタバレ厳禁」との声に従っておいて良かった。今晩夢に見ちゃうかもというくらい、いろんな意味でエグかった。そしてとにかく、伊東蒼、清水尋也、森田望智の『おかえりモネ』トリオの無双ぶりと言ったらなかった。主演の佐藤二朗が霞むほどだった。すごい。
「指名手配犯を見かけた」。そう言った父親が失踪。父の名を語って日雇い現場で働く殺人犯に、きっと父は殺されているのだろうと思いきや、その後に待ち受ける予想外の事実の発覚にびっくり。「この先いったいどうなるの?」というハラハラ感と、清水尋也演じるサイコパス殺人犯への恐れが入り混じって、終始、手に汗握っていた。爽快な恐怖体験だった。
第9位 はい、泳げません
(監督:渡辺謙作 主演:長谷川博己 2022年/日本)
大人のスポ根的な内容なのかなと思っていたが、全然違った。「泳ぐこと」が哲学されていて、思いがけず深かった。しかも大学で哲学を教えている小鳥遊(長谷川博己)ではなく、水泳コーチの静香先生(綾瀬はるか)が哲学していた。静香先生の教えには運動力学的な納得感もあり、かなづちの私でも泳げるようになれるかもと感じた。
泳げない&頭が硬いゆえにプールで巻き起こす奇想天外な行動と、かつて水難事故で子どもを亡くした過去を背負った影のあるたたずまい。コミカルとシリアスのさじ加減が絶妙で、長谷川博己が両極を見事に表現していた。彼は抜群にスタイルが良く、シンプルなシャツとパンツだけで絵になっていたし、海水パンツ一丁でもシュッとしていた。小鳥遊と静香先生が恋愛を抜きにした関係性でい続けたのも良かったなぁ。
第8位 メタモルフォーゼの縁側
(監督:狩山俊輔 主演:芦田愛菜、宮本信子 2022年/日本)
素晴らしき、芦田愛菜さま。同じ「戸惑い」や「嫉妬」でもその度合いを30%と60%で演じ分けられるステキな女優さんだと思った。宮本信子演じる雪さんがBLに沼っていく様はとってもキュートだったし、好きなものを介してつながる年の差58歳の友情に胸が熱くなった。
うららが縁側でサンドイッチを食べながら泣くシーンと、雪さんがBL作家のコメダ先生に「描いてくれてありがとう」と話すシーンで涙がぽろり。前者は、うららのいろんな感情が入り混じった胸の内に共感しまくった涙…。ここでも芦田愛菜さまの力量が光っていたなぁ。そして、エンドロールで流れ始めた主題歌がなんと、うらら&雪、主演の2人のかわいいデュエット!最後まで「良き…!」だった。
第7位 声もなく
(監督:ホン・ウィジョン 主演:ユ・アイン 2020年/韓国)
イケメン俳優と目されてきたユ・アインが15kgも増量して主演し、新境地を見せている。口がきけず、親もなく、闇組織から請け負う死体の処理というヤバい仕事で稼ぐ1人の男。そこへ身代金目的で誘拐された一人の少女がやってくるが、「女の子だから」という理由で親が高額な身代金の支払いに前向きではない…。
誘拐は彼の本意ではないが、誘拐犯には変わりない。そこにやっかいな問題が次々と起こり、すでに詰んでいる彼の人生が、さらに詰んでいく様に胸がざわざわした。耳は聞こえるが、話すことができない。自分の想いを伝えられないことへのあきらめや、もどかしさや、怒りが彼の胸を渦巻いているように見えた。セリフがない中、表情や一つ一つの所作で難しい役どころを体現するユ・アインが圧巻だった。
第6位 ちょっと思い出しただけ
(監督:松居大悟 主演:池松壮亮、伊藤沙莉 2022年/日本)
主人公・照生(池松壮亮)の誕生日を1年ずつさかのぼりながら、男女の出会いや恋の始まり、すれ違いを描く。現在を起点に過去を回想するストーリーはあるけれど、1年1年順繰りと同じ日に戻っていく構成は見たことがなく、不思議な体験だった。2021年からさかのぼっていくのだけれど、2021年と2020年はみんなマスクをつけている。2019年にはつけていない。それだけでも時間の逆戻り感が伝わってきたし、髪型の変化、飼っている猫の成長具合など細かなところで時間の逆行が表現されていた。
照生の元恋人・葉がタクシードライバーという設定も、意表をついていて良かった。タクシーの中でお昼を食べたり、休憩したり、彼氏を迎えに行ったり。制服と白手袋が彼女の幼さの残る容姿とアンバランスで、それがいい味を出していた。それにしたって、池松壮亮&伊藤沙莉カップルの「本当にいそう」な雰囲気といったら。イチャイチャもケンカも、着てる服が絶妙にダサいところも、何もかもが超リアル。どうやって演出したんだろう。すごい。あの2人にまた会いたくなる。
第5位 ハケンアニメ!
(監督:吉野耕平 主演:吉岡里帆 2022年/日本)
一つのプロダクトを世に届けるために、誰かの背中を押すために、多くの人が汗を流している。アニメ業界のみならず、あらゆる分野にそうした営みが存在するわけで。仕事への向き合い方に迷いを抱えるすべての人に見てほしい。刺さりまくってぽろぽろ泣いてしまった。きっと制作サイドは主人公と同じように、この作品がしかるべき人へ「届け…!」と思って作ったと思う。「ちゃんと届いていますよ、ありがとう!」って伝えたい。
正直、この作品はアニメ好きが見るものと思ってスルーしていた。「ハケン」のことも「派遣」のことだと思っていて、一世を風靡したドラマ「ショムニ」みたいな感じなのかなと(周囲でも「派遣の人がアニメ業界で頑張る話だと思っていた」という声が多数)。私はTwitterに流れてきた高評価のおかげで見てみようかなと食指が動いたのだが、「ハケンアニメ!」というタイトルが見る人を制限してしまっている気がして、もったいないなという思いでいっぱい。
第4位 PLAN 75
(監督:早川千絵 主演:倍賞千恵子 2022年/日本)
75歳以上に生死を選ぶ権利を与える法案が可決されたという設定。高齢者は社会のお荷物なのか?倍賞千恵子演じる78歳のミチのように、解雇され再就職が叶わず、頼る家族もなく、国も守ってくれないのだとしたら…。もしかしたら私も命を終わらせる選択をするかもしれないと思った。客席を埋め尽くした倍賞千恵子世代の観客たちは、どう見たんだろうか。話を聞いてみたくて仕方なかった。
役所で「死」の選択を斡旋するヒロム(磯村勇斗)と20年ぶりに再開した叔父(たかお鷹)のシーンは、ぎこちない関係性のためにセリフがあまりないのだが、相手に向ける想いが目線や表情や仕草で伝わってきて、素晴らしかった。ベテランと若手、2人の俳優の力がすごかった。また、PLAN75のコールセンターのスタッフ(河合優実)、高齢者たちに「死」を提供する施設のスタッフ(ステファニー・アリアン)。この2つの役どころが物語に奥行きを与えていた。
第3位 三姉妹
(監督:イ・スンウォン 主演:ムン・ソリ 2020年/韓国)
別れた夫に金をせびられ、やさぐれた娘に手を焼く長女。家庭円満をアピールしながらも夫の裏切りにあう次女。酒に溺れ、夫とその連れ子に呆れられながら暮らす三女。そこにさらに影を落とすのは、父からの虐待の記憶。各々が各々に悲惨なのだが、彼女たちは泣いて、喚いて、決して歩みを止めない。
はたから見たらみっともないのだけれど、「生きていく」とはそういうことだと見せつけられたような気がした。一人一人がたくましいし、過酷な過去が生んだ痛みと怒りが彼女たちを繋ぐ絆となってもいて。「自分の娘たちが暴力や嫌悪の時代を超えて、明るく堂々と笑いながら生きていける社会になってほしいという願いを込めた」。次女を演じたムン・ソリが語った作品への想いが胸を打つ。また、男性優位、父権社会という韓国文化の闇を、男性の監督が描いたという点にも希望を感じた。
第2位 カモン カモン
(監督:マイク・ミルズ 主演:ホアキン・フェニックス 2021年/アメリカ)
9歳の甥っ子を預かることになったジョニーと、預けられたジェシーの数週間を描く。ジョニーは行動も思考も全く読めない子どもとの暮らしに疲労困憊。その様子を通して、母親という役割の過酷さと尊さが表現されていた(客席にいた年配の男性たちにちゃんと伝わっていますように…)。
あの「ジョーカー」で狂気の演技を見せたホアキン・フェニックスが子どもに振り回されている姿がたまらなかったし、ジェシーを演じた子役のかわいらしさといったら!かわいいだけじゃなく、あれは本当に演技だったのか?と疑うほどのナチュラルな仕草やセリフ回しに末恐ろしさを感じた。
特筆すべきは、要所要所に折り込まれた子どもたちの生の声。ジョニーはジャーナリストで多くの子どもにインタビューをする仕事をしているのだが、彼がマイクを向けた子どもの声はセリフではないのだとか。未来、社会、自分についてを堂々と語る彼らの思慮深さと言葉のきらめきに胸を打たれた。宝物みたいなその言葉たちに触れたいから、もう一回見ようと思う。
第1位 ベイビー・ブローカー
(監督:是枝裕和 主演:ソン・ガンホ 2022年/韓国)
誰かが「この作品で描かれているのは回復共同体だ」と書いていたけど、その通りだと思った。心に傷を持つ人たちが、赤ちゃんを通して出会い、繋がり、希望を見出していく。人は他者に傷つけられるけれど、他者との交わりによってしか癒されない。そしてそこに血のつながりなど関係ない。そんなことをあらためて感じた。
『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督がTwitterに書いていたこの感想が、全体の世界観を見事につかんで表していて、さすが。
確かに、洗車のシーンの前後で彼らの関係性がガラッと変わった。本名を明かし、心の内を語り出す。「生まれてきてくれて、ありがとう」と、IU演じるソヨンが、旅を共にするサンヒョン(ソン・ガンホ)らに語りかけるシーンがあるのだが、その言い回しのニュアンスが絶妙で、やっぱりIU様は表現者としての感性が素晴らしいなと思った。是枝監督が惚れ込むのもよくわかる。
ここからは、男女別に主演・助演賞を贈りたい人を挙げてみようと思う。(下半期もあわせて、年明けに最優秀賞を発表したい)
助演女優賞
河合優実
「PLAN 75」、「ちょっと思い出しただけ」、「愛なのに」、「冬薔薇」
おもしろい作品には、必ず河合優実が出ている。アンニュイだけど芯がある、そんな独特の雰囲気を放つ大注目している女優さん。引っ張りだこなのもうなづける。
IU(イ・ジウン)
「ベイビー・ブローカー」
公開前にドラマ「マイ・ディア・ミスター」を見て、大好きになったIUことイ・ジウン。是枝裕和監督も、同作を見て彼女へのオファーを決めたという。シンガーソングライターとしても国民的人気を得ている彼女の表現力は圧巻。
チャン・ユンジュ
「三姉妹」
酒におぼれ、夫の連れ子に「クレイジー女」と呼ばれる役どころ。実はチャン・ユンジュ本人は韓国のトップモデルでセレブなのだという。そんな彼女がここまで酒癖が悪く、食べ方や話し方、歩き方などすべてが下品な役を演じるのは大変だったに違いない。
助演男優賞
清水尋也
「さがす」
朝ドラ「おかえりモネ」で、ちょっと天然だけどイケメンのキャスターをかわいらしく演じていたのを見ていただけに、「さがす」でのギャップにびっくり。感情を爆発させていない、通常モードのシーンでも隠しきれない狂気を漂わせていて、素晴らしかった。
横浜流星
「流浪の月」
こんな演技ができる俳優なんだ…と見る目が変わった。爽やか系、ヤンキー系の作品で若い女子にウケる役どころをしているというイメージだったが、この先いろんな役をこなすいい役者になるだろうなぁ。
瀬戸康史
「コンフィデンスマンJP 英雄編」
超優秀なインターポール役で、英語だけでなくフランス語、スペイン語のセリフもあったのだが、ナチュラルにこなしていてさすがだった。化けの皮が剝がれて、正体が明らかになった後は、それまでのインテリ風から一気にキャラ変。そのギャップを見事に演じ切っていた。
主演女優賞
芦田愛菜
「メタモルフォーゼの縁側」
演技力に磨きがかかっている。演じたうららは、BLにハマる一方で進路に悩み、留学をするという同級生に嫉妬の想いを抱くのだけれど、その複雑な想いを表情やたたずまいで見事に表現していた。これからもずっと演技を続けてほしいなぁ。
伊藤沙莉
「ちょっと思い出しただけ」
彼女が演じると、どんな役どころもリアルで身近にいそうな感覚に陥るのはなぜなのだろうか。決してtoo muchにならないナチュラル感が最高。
嵐莉菜
「マイ・スモールランド」
彼女の役どころは、クルド人の両親とともに小学生のときに日本にやってきて、日本とクルドの言葉のバイリンガルという設定。彼女自身、母がドイツと日本のダブル、父が本国籍を取得しているイラン・イラク・ロシアのミックスという背景があるというが、とはいえ映画デビュー作でここまでの大役を演じきったのはお見事。これから注目したい女優さん。
主演男優賞
ユ・アイン
「声もなく」
役の雰囲気を出すために増量して監督に会ったら、太っているイメージではないと言われて減量。しかしあらためて「増量してほしい」と依頼されまた体重を増やしたというのだから、すごい。セリフが一つもない中で、切なさやもどかしさ、怒りや不安を繊細に表現していた。
ホアキン・フェニックス
「カモン カモン」
9歳の甥っ子に手を焼き、右往左往する姿が微笑ましく、まさかこの人が映画「ジョーカー」でそこはかとない狂気を見せつけた人だとは思えないほど。彼の持つ雰囲気とモノクロの世界観も絶妙にマッチしていた。
坂口健太郎
「余命10年」
得てしてお涙頂戴の安い感動ストーリーに成り下がってしまいがちな、いわゆる「余命モノ」の作品が、そうならずに済んだのは、坂口健太郎演じる和人の描かれ方と、彼の存在感によるものが大きいと思う。個人的に日本で一番上手い俳優は堤真一だと思っていて、「信頼と実績の堤真一」と評しているのだが、坂口健太郎の最近の作品を見ると、その「信頼と実績」を積み上げていっているように思う。
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