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狭倉朏(はざくら・みかづき)
2020年10月5日 04:48
第208回短編小説新人賞 もう一歩 流氷の合間、冷たい海の中へと沈んでいく。 口から空気が抜けて、四肢から力が抜けて、命から魂が抜ける。 最初は、身を切るような冷たさに凍えた。しかし気付けば冷たさすら感じなくなって、石(いし)坂(ざか)柘榴(ざくろ)は海の中から空を見上げていた。太陽の光が水の向こう、遠くに見えた。自分は死ぬのだな、彼女はそう確信した。 自分がいつか死ぬことについて、考え
2020年5月6日 00:00
かつて好きだった男の死体が川から上がった。「……白髪、増えましたね、紫先生」 清潔なベッドに横たわる遺体を眺めながら、私は力なく呟いた。 すでに様々な処置のなされたあとの遺体はとても綺麗だった。 死んでいるなんて嘘みたいだった。 さすがに記憶に残る紫先生の顔と比べると老いを感じさせた。 しかし死んで当然という年齢にも見えない。 この人はそういえばいくつになるのだろう。 私は