気働き
今朝出社すると、レジの後ろにあるラッピング用の台に、これでもかというほどの靴の空箱が載せてあった。この台の上には荷物を置くのは厳禁である。バッグやリュックといったもののラッピング依頼が入った場合、場所がないと困るからだ。
そこにこんなにいわば「ゴミ」を置いた人は誰か。大体想像は着く。そんなことをする人は、今のところ一人しか思い浮かばない。
K課長である。
ウチの店では、靴を展示する際には入っていた靴箱は処分してしまう。お客様も持って帰られる方は少数派で、大抵の方は「箱は要りません」と仰るので、こちらで処分することになる。この場合、お客様都合での返品や交換は不可である。
箱の処分と一口に言っても、なかなか面倒くさい。蓋を開け、中に入っている詰め物(大抵は紙類)、シリカゲルや乾燥剤などを取り出し分別する。紙類は再生紙、シリカゲルは一般ごみである。紙でも厚紙は廃段ボールのところへ入れる。
蓋を開いてぺったんこにする。箱も同じようにする。廃段ボール入れに入れると一連の作業は完成する。
それだけのことだが、箱を割く際には手を傷つけやすいので注意が必要だ。私も二、三度手を切ったことがある。前任のH課長に絆創膏を貰って以来、自分も常に二枚携帯している。
シリカゲルの袋はよく破れて、透明の小さいツブツブが箱の中に散乱していることもある。こういう時はそうっと箱をゴミ箱の上に持って行き、ツブツブがあちこちに散ってしまわないように、ゆっくり箱を開く。
開いた箱は商品が入荷する時に入っていた大きめの段ボールを、廃段ボール入れにしてその中にどんどん入れていく。出来るだけ沢山詰めて、ぎゅうぎゅうにする。
このため、沢山の靴を出すことが分かっている、シーズンの切り替え時期などは、売り場担当者がレジ横にいつも大きな段ボールの畳んだものをいくつか持ってきて置いておくことになっている。
そう、廃棄するものが多くなるのがわかっているなら、予め用意しておくのがスムーズである。が、K課長の脳内には「準備」の二文字はない。
それにしても凄い量だ。夏物のサンダル類が昨日沢山入荷したらしい。出したい気持ちはわかるけど、廃段ボール入れは用意されていない。小さめの段ボールが辛うじて一つあるだけだ。
「課長、廃段ボール入れってこれでは足りませんね?」
持ってきてくれることをちょっと期待しつつ、聞いてみる。
「うん、そうだね。バックヤードにはあるんだけどな」
以上終わり。チーン。
しょうがないので、掃除用具を片付けに行ったついでに取ってくる。
空いた時間に黙々と箱をつぶしていく。幸いお客様は少ない。今の間に場所をキープしないと。来ないと思ってると来るのがお客様。ラッピングに邪魔になるものは一刻でも早く片付けたい。
K課長がやってきた。
「お、早いじゃない」
いや、そうじゃなくて・・・。別に礼は言うて要らんけど、なんか気が付かへんかい?
「じゃあ、バックヤード行ってくるね」
って今行くんかい!と思ったが、もういいわ。
「はい」
と大人しく返事しておく。
廃段ボールは結局大きな箱三つ分になった。詰め物も九十リットルのビニール袋にはち切れそうなくらい入っている。かなり邪魔だ。H課長はこういうものが売り場に長くあることを嫌い、マメに自ら捨てに行く人だったが・・・。
戻ってきたK課長にまたある種の期待を込めて言ってみる。
「課長、作業終わりました。めちゃゴミ出ました」
すると、
「わあ、ほんとだね。まあしょうがないね」
という返事が返ってきた。動く様子はない。
この瞬間、私はすべてを諦めた。
「ゴミ捨て、行ってきます」
「はい、お願いします」
しれっと言うこの人。悪気がないから、余計がっかりする。いけないとは思いつつ、H課長とついつい比べてしまう。
「気働き」という言葉がある。K課長にはこれが驚くくらい全くない。
しかしこの年齢までそういう風に育ってしまったこの人に怒っても、時間の無駄である。眺めて楽しむくらいしか出来ることはない。
今や課員全員が課長のようになっており、皆ブウブウ言っている。が、私はスッパリ諦めている。「気働き」は急にできるようにはならないものだ。
給料以上の仕事は受けないように気をつけないといけないが、この人は変わらない。
もうええわ。