見出し画像

彼の好物

我が家は二人共、毎朝ヨーグルトを食べる。
私はプレーンタイプに果物や蜂蜜を入れて食べるのが好きで、入れる果物を変えてみたりして楽しんでいる。若い頃からの習慣である。美味しいし、発酵食品を毎朝摂るのは良い習慣じゃないのかな、と思っている。
特に銘柄は決めておらず、その時その時で違う。大体は特売品を買いだめしておくが、原材料に乳、乳製品以外が入っていないもの、とはゆるく決めている。
毎朝の事なので、かなり頻繁に空き容器を捨てることになる。どんな容器にせよ、最後はくっついているヨーグルトを綺麗に取ることになるのだが、そんな時には昔、実家で飼っていた犬のことを思い出す。

彼はヨーグルトが大好きだった。と言っても勿論、餌として与えていたわけではない。容器をゴミとして捨てる前に、こびりついたヨーグルトを時々舐めさせてやっていただけである。
我が家の生ゴミ入れは台所を出てすぐの、庭への出入口付近に置いていた。犬小屋から二メートルほど離れており、ゴミを出すと相手をしてもらえると勘違いした彼が出てきて、よくこちらを覗き込みながら尻尾を振っていたものだった。
ヨーグルトの容器は大きいので、他のゴミと一緒にせず、直接生ゴミ入れに入れるようにしていた。ある時、いつものように空き容器をゴミ箱に入れようとしたら彼の鋭い嗅覚が良い匂いを嗅ぎつけたのか、嬉しそうに飛びはねて鎖をガチャガチャ鳴らすので、持っていた容器を面白半分に差し出してみたら喜んで凄い勢いで舐めまくった。身体に悪い物でもないしまあいいか、とそのまま舐めさせていたら、容器は洗ったようにピカピカになってしまった。犬は大体濃い味が好きなものだと思っていたから、何も入れないヨーグルトをこんなに好きなんだ、と意外な感じがした。
これが彼のヨーグルト初体験?だったのだと思う。

それからというもの、私達がヨーグルトの空容器を手に外に出ると、彼は犬小屋を引き摺らんばかりに大喜びした。持っていってやると、いつも容器に鼻を凄い勢いで突っ込み、中を舐めまくった。
ザラザラした舌が容器をこする音が、ズゴーズゴーと容器に響く。鼻先を突っ込むあまりの力に、容器を支えるこちらは落とさないようにするのがやっとだった。容器を渡すと噛んで無茶苦茶にしてしまうので、ずっとこちらが持っていることにしていたのである。
「鼻息荒く」舐め続ける彼は、ちっとも容器から鼻を抜こうとしない。しまいにこっちは手がだるくなってくる。疲れて容器を引くと、鼻の頭と髭のあちこちに白いヨーグルトをつけたまま、彼は名残惜しそうにこっちを上目遣いで見た。
「舐めたように綺麗」という言い方があるが、正にその言葉のまま、容器は新品のような綺麗さになる。これ以上舐めても容器の味しかしないのでは、というくらいになってもてもなお、まだ未練たっぷりに容器を眺めている。その様子をみて、よく大笑いした。

犬は肉を一旦埋めて、しばらく経ってから掘り出して食べる習性があるとか、聞いたことがある。やや腐り気味?の方が美味しく食べられるんだそうだ。意味のない習性ではなく、ちゃんとそうする理由があるらしい。
ヨーグルトは発酵食品だから、彼らのそういった好みに合致していたのかも、と思う。そういえばチーズも大好きだった。といってもこちらは味わうというより、丸のみだったが。

今もヨーグルトの容器を空にしようとスプーンでこすっていると、彼の舌の重みとザリザリいう音をふと思い出す。自分でさらえても残念ながらあんなに綺麗には取れない。そして時折、彼の鼻の頭と髭についた白いヨーグルトを思い出して、クスリと笑う。
もうすぐ彼が死んで二十五年になる。天国で美味しいヨーグルトをたらふく食べられていると良いんだけど。


いいなと思ったら応援しよう!

在間 ミツル
山崎豊子さんが目標です。資料の購入や、取材の為の移動費に使わせて頂きます。

この記事が参加している募集