本当の凄さ
私は常々、今までの生涯において出会った二人の方を目標としている。目標というのは、「人間としてこうありたい」と思う方という事である。人生の師とでも言おうか。一人は若い頃お世話になった仕事先の上司で、もう一人は所属していた楽団の指導者であったA先生である。
A先生は、日本でも指折りのとある楽器のプレイヤーで、素晴らしい音をしておられた。指揮も上手く、どんな曲でも初見(全く見たことのない曲を演奏すること)でも、サッと振ってしまわれる。器用というより、きっと気の遠くなるような積み重ねをしてこられたのだろうと思う。
厳格な所は全くなく、誰にでも分け隔てなく優しい。気に入らない事ははっきりと仰るので、こちらは余計な気を遣わなくて良い。指導は厳しいが、余分な力が入っていない。要望だけわかりやすく、しかもさらっと伝える。
活動を離れれば、さりげなく団員に話しかけて下さる。家族のこと、健康状態のこと 、話題は音楽とは全く無関係の事も多かった。悩んでいる者のことは小まめに気にかけて下さっていた。そんな事まで覚えておられたのか、と驚く事も度々あった。
いつも腰が低く、謙虚で、思いやりが深い。他のオーケストラも振っておられたので、差し入れを持って聴きに行くと必ず丁寧に電話を下さった。誰でも知っている、日本を代表するプレイヤーを育てた方でもあるので、畏れ多くて緊張してしまうが、尊大な所はなく気さくで、いつもちょっとした「親父ギャグ」を言っては「外したな」と頭を掻く、お茶目なところもあった。
「年齢が高くなり過ぎないうちに次の指導者を」とまだまだお元気なうちに勇退された。その潔さも見事で、楽団が困らないように最大限の配慮をして下さったと思う。
大好きでとても尊敬する先生。時折無性に先生に会いたくなる。人間として、少しでも先生に近づきたい。