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副業受け入れ時の労務管理注意点まとめ

副業(「複業」もありますが、以下合わせて「副業」に統一)が徐々に一般的になってきており、厚生労働省のモデル就業規則でも以前は副業禁止とうたっていましたが、今は許可する文言に変わってきています。
スタートアップやベンチャーの中には、副業人材を受け入れて事業を回している企業も多くあると思います。
この記事では副業を受け入れる側の企業が気を付けておくべき労務管理注意点をご説明していきます。
※6000文字オーバーとなってしまったので、目次から気になる項目だけピックアップしてお読みいただくのが良いかと思います。

1.副業に関する直近の法改正など

ここ数年で副業に対する考え方がどんどん変わってきています。
意識の変化に合わせて法改正やモデルケース改定が頻繁に起こっています。ここでは直近発生したポイントをおさらいしておきます。

#モデル就業規則の変更(2018年1月)
従来、厚生労働省HPで掲載しているモデル就業規則では副業禁止規定が明記されていましたが、2018年1月の変更から禁止文言が削除されました。
ここから「副業解禁」が本格的にスタートしたと考えてもよいでしょう。
(最新版のモデル就業規則はこちらです)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html


#副業・兼業の促進に関するガイドライン策定(2018年1月)
副業や兼業について、企業や働く方が現行の法令のもとでどういう事項に留意すべきかをまとめたガイドラインが2018年1月に発表されました。

#副業・兼業の促進に関するガイドラインの改定(2020年9月)
2018年1月に策定されたガイドラインを進化させ、企業も働く方も安心して副業・兼業を行うことができるようルールを明確化するためにガイドラインの改定が行われました。ここでは労働時間の通算に関する考え方として、新たに「管理モデル」が導入されました。


#労災法の改正(2020年9月)
従来は、災害が発生した勤務先の賃金額を基礎として給付額を決定していました。2020年9月の改正によって、複数事業場で働いている人はそれぞれの給与を合算した額を基礎として給付額を決定するようになりました。

#雇用保険法の改正(2022年1月)
従来は、1つの事業所で週20時間以上が加入条件の1つでしたが、改正によって65歳以上で2以上の事業所で雇用される場合はそれぞれの事業所での1週間あたり労働時間の合算が20時間以上であればOKになります。

2.副業受け入れ検討で最初に行うこと(契約形態)

ではここから実際の副業受け入れを検討してみましょう。
最初に考えることは契約形態をどうするか?です。
契約形態は大きく2つの方法があります。

1.雇用契約(アルバイト・契約社員・正社員等)
2.業務委託契約(請負・委任・準委任等)

労務管理の観点から見た場合、簡易なのは2の業務委託契約になります。
業務委託の場合は以降に述べる労務管理はおおむね不要(ただし安全配慮義務は必要)となります。
だからといって安易に業務委託で進めることは危険です。

3.業務委託契約で受け入れる場合の注意点


ここでは請負・委任・準委任の詳細な説明は割愛しますが、業務委託がふさわしくない業務はおおむね以下の2パターンがあります。

#指揮命令権を自社の人間に持たせたい
指揮命令権を自社(発注者)が持つことはできません。準委任であれば報告を求めることはできますが、指示は不可です。形式上は業務委託でも実態として指揮命令権が自社にあることが判明すると偽装契約として扱われるリスクがあります。

#取引先との契約書内に「第三者への再委託禁止」条文がある
取引先に関わる業務内容の場合、取引先との契約書チェックを事前に行うことが必要です。業務委託の場合は第三者に該当するので、契約書内に第三者への再委託禁止条文があれば不可となります。
よくあるのは、「第三者への再委託については事前に書面で申し出を行い、承認を得たら可能」といった内容です。
その場合は取引先へ書面で申請する必要が出てくるので、会社によっては取引先に伝えづらい可能性があります。

4.雇用契約で受け入れる場合の注意点まとめ

副業人材をアルバイトや時短社員等、業務委託ではなく雇用契約で受け入れる場合に労務管理上、注意すべき点は以下の通りです。

1.労働時間の通算
2.割増賃金の支払い
3.健康保険・厚生年金に関する考え方
4.労災発生時の考え方
5.雇用保険加入条件の考え方
6.健康確保措置・安全配慮義務の考え方

5-1.労働時間の通算

#原則:労働時間は合算して考える必要がある
異なる事業場で勤務する従業員の労働時間算定については、労働基準法第38条で以下のように定められています。

労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。

つまり、既存企業で働く時間と副業先で働く時間を足しなさい、ということです。しかし、相手先で何時間働いたかを毎回確認するのは実務としてはあまり現実的ではありません。
このような要望を踏まえてか、2020年9月のガイドライン改正で「管理モデル」という考え方が導入されました。

#労働時間における管理モデルとは
一言にすると、それぞれの企業で働ける時間枠をあらかじめ決めておけば相手先での労働時間を管理しなくても良い、という考え方です。

もう少し詳細にすると以下の通りとなります。


1.もともと勤務している企業側で法定外労働時間の上限を設定
2.副業受け入れ企業側での雇用契約で定める労働時間(所定労働時間含む)を設定
3.1と2の合計が、単月100時間未満かつ複数月80時間未満になる
4.1と2それぞれが自社36協定の延長時間の範囲内であり、かつ割増賃金を支払う

#管理モデルの対象者
管理モデル導入の対象者は労働基準法で定められた労働時間規制が適用される労働者です。下記に該当する場合(労働時間規制の適用外)は管理モデルの対象外となります。

管理モデル対象除外
1.業務委託契約者
2.管理監督者
3.機密事務取扱者
4.農業従事者
5.水産業従事者
6.監視労働従事者(監督官庁の許可を受けた場合に限る。)
7.断続的労働従事者(監督官庁の許可を受けた場合に限る。)

#管理モデルの導入手順
今回のガイドラインでは、もともと勤務している企業側のアクションからスタートされることが想定されています。

1.もともと勤務している企業が管理モデル導入を労働者に求める
2.労働者が副業先候補企業へ申し出をする
3.副業受け入れ先企業が申し出に応じる

といった手順となります。間に労働者が入ることで、双方の担当者が直接話すことは想定されていないようです。

5-2.割増賃金の支払い

#基本的な考え方
原則、労働時間は1日8時間、1週間40時間と定められています。
この原則を超えた分が残業代計算の根拠となります。

正社員Aさん(1日8時間勤務・土日祝休み)が土曜日に5時間のアルバイトを始めたとしましょう。
Aさんの労働時間は以下の通りになります。

労働時間1

1週間の合計労働時間が45時間となり、原則の40時間から5時間オーバーしています。
原則時間をオーバーしているので、この5時間は残業時間として換算する必要があります。

そしてもともと勤務している企業と副業受け入れ企業、どちらが5時間分を残業時間として計算する必要があるかというと、副業受け入れ企業が残業時間として計算する必要があります。

週1回働いてもらうだけなのに割増賃金を支払わなければいけない、なんてことが起こる可能性があります。


ちなみにもともと勤務している企業で短時間勤務の場合は、通算して40時間までは通常賃金、40時間超えた分は割増賃金での支払いとなります。

面接時に今働いている企業の雇用契約内容を確認しておくことが大切です。

#管理モデル導入時
労働時間の管理モデルを導入している場合は、もともと勤務している企業での労働時間は一切関係なく、副業受け入れ側企業で働く時間はすべて割増賃金での支払いが必要となります。

5-3.健康保険・厚生年金に関する考え方

#社会保険(健康保険・厚生年金)の加入要件
社会保険(健康保険・厚生年金)の加入要件は副業受け入れ側でも変わりません。具体的には以下1または2に該当する場合です。

1. 1週の所定労働時間および1月の所定労働日数が、一般社員の4分の3以上である(一般被保険者)
2. 下記の5条件をすべて満たしている(1の加入条件を満たしていない場合も加入義務が発生します)

・週の所定労働時間が20時間以上であること
・1年以上雇用が見込まれること
・賃金の月額が8.8万円以上であること
・学生でないこと
・上記1の一般被保険者が常時501人以上の企業(特定適用事業所)に勤めていることまたは保険者数500人以下の企業に属する適用事業所で、「短時間労働者」が社会保険に加入することについての労使合意を行った事業所(任意特定適用事業所)

#複数企業で加入条件を満たした場合
もともと勤務している企業で社会保険に加入しており、副業受け入れ側企業でも加入条件を満たす場合があります。その場合は以下の通りとなります。

1.労働者本人がどちらの企業の社会保険に加入するか決める
2.労働者本人が「健康保険・厚生年金保険被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を提出する
3.報酬月額は複数企業の賃金を合算し、標準報酬月額を決定する
4.保険料は報酬比率で案分して各企業が負担する

賃金を合算して標準報酬月額を決定、保険料は案分比率でそれぞれが負担するということです。

#固定的賃金に変動があった場合
では固定的賃金に変動があった場合はどのように対処すればよいでしょうか。この場合は、変動があった企業のみの賃金で原則通り進めていただければOKです。

仮に副業受け入れ側企業で固定的賃金の変動が発生した場合、変動月以降の継続した3ヶ月間の報酬の平均額にもとづく標準報酬月額と、従来の自社賃金にもとづく標準報酬月額との間に2等級以上の差が生じた場合は、月額変更届の提出が必要です。

月額変更届提出の際に「二以上勤務者」と記載して提出します。
その後、年金事務所(健保組合)はもともと勤務している企業での賃金額との合算額により新たな標準報酬月額を決定し、各企業が負担する保険料を決定します。

5-4.労災発生時の考え方

#労災法の改正
2020年9月から労災法が副業者対応のため改正されました。

改正のポイントはツイート内容の通りです。

#労災申請は発生元が行う
実際に労災が発生した場合は、発生した元が申請を行います。
その際、賃金額証明のために相手方企業の賃金額を証明してもらうために書類記入をお願いする必要が出てきます。


良く質問を受けるのが「移動途中の場合はどちらが対応するのか」です。
回答は「移動先の企業が対応する」です。

・A企業からB企業へ向かう途中にケガをした→B企業が対応
・B企業で勤務した後、A企業へ戻る途中にケガをした→A企業が対応

5-5.雇用保険加入条件の考え方

#基本的な考え方
副業といえども要件を満たせば雇用保険の加入が必要です。
雇用保険の加入要件は、以下の1と2を両方満たした場合です。(企業合算はしない)


1. 31日以上引き続き雇用されることが見込まれる者であること。具体的には、次のいずれかに該当する場合をいいます。
・期間の定めがなく雇用される場合
・雇用期間が31日以上である場合
・雇用契約に更新規定があり、31日未満での雇止めの明示がない場合
・雇用契約に更新規定はないが同様の雇用契約により雇用された労働者が31日以上雇用された実績がある場合 ( 注 )
[(注)当初の雇入時には31日以上雇用されることが見込まれない場合であってもその後、31日以上雇用されることが見込まれることとなった場合には、その時点から雇用保険が適用されます。]

2. 1週間の所定労働時間が 20 時間以上であること。
3. 学生ではないこと。
(ただし、以下いずれかの条件を満たす場合は加入対象となる。①卒業見込証明書を有する者であって卒業前に就職し、卒業後も引き続き同一の事業主に勤務することが予定され、一般労働者と同様に勤務し得ると認められる場合、②休学中、③通信教育、夜間、定時制の学生)

#複数企業で加入要件を満たした場合
複数企業で加入要件を満たした場合は、「生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係にある会社でのみ加入」となります。社会保険と違って合算・案分等はありません。

#65歳以上の労働者の場合
雇用保険加入要件をチェックする際は単独企業でみますが、65歳以上の副業労働者の場合は企業合算が可能となります(2022年1月施行予定)。具体的には以下の要件となります。

1.2以上の事業主の適用事業に雇用される65歳以上の者であること
2.1の事業主の適用事業において1週間の所定労働時間が20時間未満であること
3.2の事業主の適用事業における1週間の所定労働時間(厚生労働省令で定める時間(5時間とされる予定)以上である場合に合算対象となる)の合計が20時間以上であること

上記要件を満たした上で、労働者から申し出があれば加入となります。申し出がない場合は加入は不要です。

5-6.健康確保措置・安全配慮義務の考え方

#健康確保措置とは
健康確保措置とは具体的には労働安全衛生法第66条に基づく以下のことを言います。

1.健康診断
2.長時間労働者に対する面接指導
3.ストレスチェックやこれらの結果に基づく事後措置等

#健康確保措置の対象者
基本的には労働時間の合算をする決まりはありません。
ただし、もともと勤務している企業の指示で副業を始めた場合は、労働時間を合算して措置を行うことが望ましいとされています。

もともと勤務している企業から、労働時間について問い合わせがあった場合は正しく回答するのが良いかと思います。

#安全配慮義務
労働基準法第5条に安全配慮に関する記載があります。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

副業受け入れ時に考慮する点として、「労働者の全体としての業務負荷が過重かどうか」を把握しておくことが必要です。

自社の業務量だけでなく、労働者からの報告等によって自社以外の業務量・時間等を考慮し、必要な場合は適切な措置を取っていくことが求められます。

まとめ

副業に対する考え方は、ここ数年で急速に変わってきており、それに対する法の解釈や改正等はまだまだ追いついていない印象を受けます。

一方でガイドラインの策定や通達、改正内容を見ていくと、行政も手を抜いているわけではなく、検討→実施→検証→改善のサイクルをぐるぐる回していることがうかがえます。なので今後もどんどん変化していくことは間違いないと思います。

企業の労務担当者の方には、最新情報を踏まえた柔軟な対応ができれば自社の成長に寄与することができると思います。
この記事もそんな成長の一助になれば幸いです!

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