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足立区の巨大工場を2日間で退職した話【上】
現在の「ビルの受付」という職に落ち着く直前のことなので、もうかれこれ3年も前の話になる。
(当時の)直近の仕事であった、にわかWEBコンサルタント(実質はリスティング広告の管理作業)をやむにやまれぬ理由(これはこれで作品になる)から3ヶ月で当てもなく退職した都合上、なるべく早く、なるべく負担の軽そうな仕事を探していた。
そんな折、目に止まったのが「工場内の清掃作業」という業務内容のお仕事。
面接でそこそこの体力仕事であることは説明を受けたが、まだまだ四十路、お掃除ぐらいでへこたれませんよと軽く受け流して無事採用。
さぁ初日、私の配属された「ダスト班」のメンバーを紹介しよう。
「班長」ケンコバ風。愛想がない。
「副班長」職人肌。愛想がない。
「若手A」甘いマスク。愛想がない。
「若手B」色白。愛想がない。
以上だ。
あてがわれたゴワゴワの作業着を着込み、メンバーと共に休憩室で8時半の始業を待つ。
誰一人しゃべらず、スマホを見ている。
私もスマホを見る。
8時半になった。
変わらず全員スマホを見ている。
とても初日の新人が第一声を発する空気ではなく、時計の針が刻々と時を刻む。
まったく同じ状況のまま、誰一人声を発することなく9時になった。
9時15分。
9時半。
9時45分。
全員ずっと無言でスマホを見ている。
学級崩壊の後、暴れることにも逆らうことにも飽きた男子校の教室のようだ。
なんてことを感じつつ、妻にLINEで実況中継をしていた9時55分、その時は突然訪れた。
班長が使い込まれた黒いタオルを頭に巻き出したのをきっかけに、メンバーたちが不織布作業着(昨今だと消毒作業のニュース映像などで着ている白いアレみたいの)を着込み準備を始めた。
私も慌ててそれにならう。
気だるく歩くメンバーたちのあとについて、いざ巨大工場の内部へ。
「キーン!」「カーン!カーン!」「プシュ~」
映画のワンシーンのような光景がド~ンと目の前に現れた。
そのまま数分歩き、直径5メートルほどだろうか、円柱状の塔のような設備の前で班長が足を止めた。
メンバーたちは各々作業の準備に取りかかる。
「見てて」
班長が初めて私にかけた言葉だ。
円柱状の設備の扉の中には、ススや鉄粉の混ざり合ったホコリの山が、ひざから太ももあたりの高さに積もってところどころにそびえていた。
ここは製鉄工場で、メンバーたちの工程確認時のワードから、この塔はどうやら集塵機の塵(ちり)の終着地点らしい。
その塵をスコップですくってペール缶(取っ手のついた丸い缶)に集めて運び出すという作業だ。
若手AとBがよどみなくスコップを操り、こともなげに塵を集めては、ペール缶を外の副班長に渡す。
副班長が、外にあるトラックの荷台ほどのゴミ箱に塵を放つ。
班長は監督だ。
メンバーたちの流れるような所作ひとつひとつに目を奪われていると、班長から、どうやら交代してやってみろというジェスチャー(※工場内の轟音と不織布作業着のフードで声はほとんど聞こえない)。
軽く渡されたスコップがやけに重い。
自分のイメージ通りに体が動いたのは、4回目までで、そこから乳酸溜まりまクリスティ状態になり、一気にスピードが落ちる。
塵といっても、鉄が混ざっているためか頭の中のイメージよりも重い。
体は乳酸、心は情けなさで一杯一杯になりながらも、必死に塵を集めていると、「もういい、代われ」というメッセージのこもったジェスチャーで交代を促される。
(若手の作業中に)数分休んでは交代というサイクルを繰り返し、1時間ほどかかっただろうか、ようやく円柱内の塵がきれいになくなった時には、自分の設定した限界は軽く超えていた。
休憩室に戻ると、再び無言スマホタイム。
若手Aはスマホで音楽を聴きながら漫画を読んでいる。
そこにひと仕事終えた感は微塵もない(塵だけにな!)。
こちらはこの1時間で、無職の数ヶ月に溜め込んだエネルギーをすべて使い果たしたぐらいの消耗だというのに。
そんなこんなでそのまま昼休みに突入。
つまり、午前中の仕事は実働1時間ということになる。
これだけ体力を使ったらさぞかしおいしいと思われた仕出し弁当が、えらくマズい。
自分の置かれた立場を再認識させられる、昭和の不味さだ。
ひと休みの後、午後の作業は普通に1時から始まった。
人間の心理というのは恐ろしいもので、もしかしたら午後も3時ぐらいまで休憩なんじゃないかという期待を知らず知らずしている自分がいたことに戦慄を覚えた。
さて作業だ。
午前の集塵塔のさらに奥。
近くで鉄を焼き切っているため、あたりがとても暑い。
通路のようになっている、床下に溜まった塵を運び出す作業だ。
塔の円柱が横になったものとイメージしてもらえるとなんとなく伝わるだろうか。
横向きのデカい配管の中に入る感じ。
下に通じる穴から、砂などを運ぶためのネコと呼ばれる一輪の手押し車や照明などをウィンチで降ろし、若手ABに続いて私も飛び降りた。
降りてみると分かるが、自力で上に登れるかどうかは個人個人の身体能力次第であろうという微妙な高さがある。
ちなみに、「全盛期の私なら登れるかな」ぐらい。
床下の配管の直径が150センチほどなので、中心付近の最も高さのある場所に立ってもちょい中腰状態。
中腰で、床に平面がなく、心もとない灯りを頼りに塵をかき集めるのだ。
午前中の作業同様、始めのうちは交代でやっていたが、気づかないうちに若手ABは(おそらくそれぞれ自力で)上に上がっていた。
真っ暗な地下に独り、自力では上に上がれない状況。
このまま帰られたら、私は残りの人生を足立区の地下の筒の中で過ごすことになる。
とそんな心配よりも、目の前の塵をかき集めるのが先決なのだが、普通にまっすぐ立てないことがこれほどまでにツラいのかと独り半泣きになる。
床が平面でないことと、まっすぐ腰を伸ばせないこと、イメージだけならそれほどしんどくないようにも思えるが、あなたの思ってる15倍キツい。
ジッとしていても、秒単位でキツさが増していく。
そんな中、工場の轟音の隙を縫って、上で待機している若手ABの会話が私の耳に飛び込んできた。
「なんで手伝ってくれないんだろう?とか思ってんすかね(笑)」
分かっているつもりの自分の置かれた状況を、これでもかとグリングリンねじり込んでくる。
自分自身への情けなさと同時に、メンバーの感情が見えたことによる妙な安堵感があった。
無言スマホの休憩時間は、私という異物が混入してきた状況への彼らなりの対処なのだ。
どうにかあらかた塵を集め終わり、足立区の底から上を見上げる。
若手Bの降ろしたチェーンを頼りに1時間ぶりに地上に上がった。
ただ普通に立てる喜びを彼らに教わったかのような錯覚に陥る。
午前中に超えた限界の先を、午後さらに超えた私の心に芽生えたのは「一日では辞めない」という決意。
そんな固い決意を胸に、3時から5時半までメンバーと共に無言でスマホをイジり続け、一日目の業務を終えた。
明日は「御祈祷(ごきとう)」があるらしい。
【下】へつづく