『レジェンド&バタフライ』は夫婦を描いた物語だった、2(独り言多めの映画感想文)
ここから姫の身に変化が起こる。
上京を勧めたのは姫だった。けれどそのために敵は増え、味方を失う機会も増える。「おうみのうつけ者」は、いつしか「わしが背負うておるのは幾千幾万の民の命じゃ」と言うまでになっていた。始めの頃は共に山で狩りでもしたのだろう。最期本能寺で応戦する信長は、不恰好ながら弓が使えるようになっていた。
それもまた「役目」一人の男ではなく、民のために生きる者となる。そんな男にとって子が一人流れたことなど大した問題ではない。
〈お前さまには子が何人もおる故〉
失ったのならまたつくればいいという男に、自分はもう若くないと答える。姫にとって女としての最大の「役目」を果たせないことはひどく堪えた。過去に「信長の子を宿した」と報告する他の妻に笑顔で祝福する場面が出てくるが、その頃は男を男として見ていなかった。それが時間差でじわじわくる。「若く」て「かわいらしい」おなごが産んでくれる、と皮肉を言って見せたのは、今度は「役目」ではなくただ「妻はお前だけだ」と言って欲しかったからに違いない。何とまあ女心は難解だこと。
いつかの様に言い合いながら、けれど一筋の光が見えることはない。姫の従者が信長に〈もう少しお心あるお声がけを〉と口にするが「幾千幾万の民の内一つの命。大したことではないから、そう気に病むな」という、男にとっては充分心ある声掛けのつもりだった気もする。それだけがお前の価値ではない、と。
互いの思いを互いに受け取れない。自分を守ることは相手を傷つけること。以前は自分が傷つくことで相手を守れていたはずが、ここに亀裂が生じる。
女は「役目」を果たせず、さらには人の心を失った夫から離れるため、
男は妻の望みを叶えるため、離縁する。
ただ一人の葦が。
男も女も関係ない。ただ一人の葦が繰り返す。
己の非力を知り、伴侶を得て、失って、再び非力さと向き合う。
人は、弱い。男も女も関係ない。このことに限っては個人の思い込みでも、ここだけの話でもない。
女は病に倒れ、男は派手な装束を身に纏いながらぼやく。
何のためにここまでやってきたんだろう、と。
教科書は所詮教科書でしかなく、自分にとっての正しさは自分で見極めるしかない。
〈見るな〉と言う。
姫の家臣に連れられてきた元夫に、病に伏し、老いていく自分の姿を意地でも見せたくない女。イザナキイザナミの話じゃないが、こんな時「大丈夫だから」と謎の自信を優先させるのは、ただのデリカシーなさ男である。
しかし男は背を向けたままの女に声をかけられない。意外にも助けに入ったのは姫の世話役の女性だった。
〈違います〉
そうして顔を上げさせる。
〈ごらんなさい。あのやつれた、貧相なお顔〉
男は何も言わない。姫本人ではない。ただの使用人に言われて何も言い返せない。
女が離縁を申し出た時、何も言わず受け入れた。
女が城を出て行くのを、ただ影から見ていた。
ただ女に押されるがまま動いてきた男は、女が望まなければ動くこともできない。
「それ」はたかが世話役の言うことであっても、いや、だからこそ、何も言い返せない事実そのものが「是」だった。
〈助けを求めているのは信長さまの方にございます〉
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