『レジェンド&バタフライ』は夫婦を描いた物語だった、1(独り言多めの映画感想文)
物語の入りは女性の強さから。
嫁入り前、濃姫は父斎藤道三から「思ったことを言うな」と言い含められる。その性格に危惧する事態があったのだろう「国の存続のため」と念を押した。そんな濃姫、
早速言っちゃう。
〈何ゆえ長旅で疲れている自分がお前さまの肩や足を揉まねばならぬのか〉
世の中には正しいことを言ってはいけない場面がある。いや、正確には「正しいことを言ってはいけないとされる場面がある」例え道理だろうと、個人の感情でその背後にあるものを危険に晒す時だ。ちゃんと道三が念を押していた。
でも言っちゃう。理不尽だから。世の男性が妻の理不尽に頑なに耐えていることを思うと心苦しいが、「背後にあるもの」が「自分が」大事に思う家族や相手でない限り、たぶん女性は言っちゃう。従わないというやつだ。
鷹狩り? するかよ。食す鳥なんて自分で獲るからな。
そうして弓をよっぴいてひょうと放てば、放った数だけ落ちる落ちる。宣言通り「お見事!」な腕前を見せる。不注意から信長が崖から落ちそうになった時には、細腕一つでその身を助けた。
男性のようにアリかナシかという基準ではないが、女性もまたその人をどう思っているのかはっきり出る。大別して上か下か。言うまでもなく濃姫にとって信長は「下」だった。
これがひっくり返ったのが、父斎藤道三が討たれたという一報を受けた時のこと。父の意向で国のために結婚した以上、和睦は瓦解。己はただの人質と化す。辱めを受けるくらいならと自刃を決意した女に放った一言。
〈お前の役目はわしの妻じゃッ〉
この「役目」というのが上手い。何故ならこの女は仕事ができるから。おそらく「男に生まれていたなら……」と嘆かれた紫式部くらい能力値が高かったに違いない。これが単に情に訴えるだけの「お前はわしの妻じゃッ」だったら「は? だから何」で自刃、バッドエンドだった可能性が高い(ウソだろ)いいか。
男は「お前は美濃と和睦を結ぶための物ではない。自分を支え、自分と共に生きる者だ」と言ったのだ。どうにもならない身の上どうこうではなく、己が役割を果たせと叱咤した。だから従わざるを得なかった。それは気骨がため。プライドがため。男は女のプライドに働きかけた。その様は北条政子の演説によって保身に俯きかけていた坂東武士たちが奮い立った様子に近しい。
「おうみのうつけ者」
言動、立ち振る舞い。目を覆いたくなるような幼さに、けれど己の役目を果たすため、姫は立ち上がる。桶狭間の戦い。世紀の一戦の前、ぐだぐだな軍議に一筋の光を通したのはこの女だった。自分ならばと計画を披露する。それに対して男は「リスク管理ができていない。これだから女は」と一蹴する。「愚策!」の行き交う中、見えた光。本気で言い合ったから開けた道。
戦場に出ることはない。けれど近しい温度で同じものを見る。巴御前にはなれずとも、いざという時には戦うことも辞さない。全ては己が役目のため。それは結果的に(あくまで副産物として)夫を守る。
もう一つ、京に向かった時、城下町を散策している時、男は商人から金平糖を買った。味見して美味しかったのだろう。そうして女にも食べさせたいと思った。それをボロ切れを纏った少年にスられる。二人は少年を追ってスラム街のような場所に足を踏み入れ、金平糖を取り返すが、復路、住人に取り囲まれる。キレイな身なりは目立つのだ(ちなみに濃姫と出会った時の信長の身なりもひどいものだった。あれと初夜とか、キムタクでも無理レベル。やめろキムタク側から願い下げだ)
いくら腕の立つ二人とはいえ、なかなか身動きがとれない。それでも何とか抜け出せた時、女がスリの少年が大人たちから暴力を受けているのを見てしまう。正義感の強い姫には我慢ならなかったのだろう。少年を助ける中、誤って人を殺めてしまう。
〈たわけがッ、抜きおった〉
返り血を浴びて呆然とする姫。けれど既に事態は火に油。男も抜刀すると、近づく者一切を斬りつける。ゾンビのように湧いて出る住人に、二人して応戦するが、人数に押し込められる。女の悲鳴が上がった。
〈わしの妻に触るなッ〉
連れだす。乱れた着衣。その胸元を押さえたまま駆け出す。何とか撒いてレッドゾーンを抜け出そうと、両手は血に染まったまま。
人を、斬ったことはなかったのだろう。放心する女に男は金平糖を差し出した。男にとっては責任の範疇。己が妻のしたことだ。大丈夫だからまあ食えやという。じゃあ女の視点でどうかと言えば、「役目」これは「責任」と非常に近しい。
自分が負うべき責任を共に負わせた罪悪感。本来自分だけが負うものを、当然のように担いだ。助けられた。男に命を救われるのはこれで二度目だった。
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