【3、例えば6割のスリーポイント】独り言多めの映画感想文(井上雄彦さん『THE FIRST SLAMDUNK)
困った時、人に頼れる人と頼れない人がいる。ほんの些細なことでも頼れる人、逆にどんな些細なことでも頼れない人。
自立することは大切だ。それによって社会の基盤は保たれる。けれど人と関わらずして生きていけない非力な葦が、例えば一時強がった所で何になるのか。だったら顔を上げて得意そうな人、やってくれそうな人に頼むほうがはるかに良い。加えて頼むことができないというのは、同時にその人を起点とした「あの時自分は苦しくても自分でどうにかしたんだから」という負の連鎖を生みかねない。効率面でも、精神面でも、この辺りは意識して向き合って行った方が良さそうだ。
大好きで、大好きで、そのために人格を変えてしまうほど影響力のある競技を奪われるというのは一体どんな痛みなのだろう。
思い通りに動かない足。対照的に元気なままの上半身。例えば人を殴ることで怪我をしようと、どうせバスケができないなら、残るどこがどう壊れようと同じ。
まだ好きで、好きなのに手が届かなくて、目にするのも苦しくて、けれどそのど真ん中にヤツらはいて、何の不自由もなく、何の不都合もなく、純粋に没頭している。何のしがらみもなく、ただ己が好きなように愛することができる。それがどうしようもなく耐え難かった。誰しも当然持っているはずの権利が、自分だけ奪われる。だったらヤツらからも奪ってしまえばこの苦しみから解放されると思った。自分だけじゃないと思えたら、まだマシになるんじゃないかと。
言えなかった。ずっと。ずっと。
誰も自分の気持ちなんて分からなくて、上辺だけ同情してみせた所で、お前はバスケできんだろ、思いっきり走れんだろ、と。お前なんかより俺の方がずっと好きだと。
分かり合うことなんてできないと、始めから閉ざしていた。そんな三井が恩師に白状する。
〈バスケがしたいです〉
とうとうと語る愛じゃない。それは圧縮されて、煮詰められて、最後の最後にこぼれ落ちた一滴。ずっとずっと。ずっとずっと見て見ぬフリをして、腹の底に沈めていた想い。
言葉は記号に過ぎない。その人の目が、表情が、在り方こそが全て。
三井は、愛していた。愛する対象を奪われて歪んだ。ただそれだけだった。
安西先生というトリガーなしに立ち上がれなかった男は「自分ではどうにもできない」己の限界値を知る。世の中には圧倒的にどうにもならないことがある。そうして肩の力が抜けた男の3Pはよく入る。けれどよく入ると言っても、3Pの確率なんて高が知れている。フリースローでさえ外すくらいだ。動きながら一瞬で放るそれが、万能な訳がない。だからこそ通常の1、5倍の価値が発生するのだ。
肩の力が抜ける。
三井にはしばしばスタミナ不安説がついて回る。けれど絶対に交代はしない。フラフラしながらなんだかんだ結局ずっといる。誰かのメンタルがどうだ、誰かの怪我がこうだとわちゃわちゃしているバックグラウンドでずっと稼働し続けている。
実際、この競技は運動量がエグい。25メートルダッシュ何本やらされんのって、はあはあしながら時計見て、まだ一分も経ってない時の絶望感たるや。
それでも好きなのだ。長い離脱の期間、離れた場所からずっと見ていた。この場所を離れるとか、絶対嫌なのだ。
だったら頼るしかない。自分の武器は、自分は万能ではないと、もう自覚している。
〈おうオレは三井 あきらめの悪い男…〉
自身の輪郭さえおぼつかない、誰かに聞かないと、誰かを介さないと、自分を正しく認識することすらままならない。
自我を失ってさえ残るもの。
それがリングだった。それが愛だった。
一度は奪われたかに思えた。だからこそ、それがいかに尊いか分かる。この場所に立てることがどれだけ幸せなことか、骨身に染みる。
目さえ奪われなければリングが見える。
手首さえ動けばボールを飛ばせる。
膝さえ使えれば必要な飛距離を出せる。
愛したものの役に立てる。
リングを通り抜ける。ネットを通る。
その音は、絶対の肯定。赦し。
愛することを、赦される。
ただひたむきに。
ただ愛させて欲しかった。
純度の高い想いは人を動かす。
信じるに値する、賭ける価値が生まれる。
じゃあその想いを生かすために自分に何ができるか。周りが勝手に考えて動き出す。
じゃあオレリバウンドとるわ。
じゃあオレスクリーンかけるわ。
じゃあオレパス回すわ。
何故なら分かるから。
バスケが好きで、好きで、思い通りにならなくて荒れた気持ちも。その競技の役に立ちたいと思う気持ちも。
分かり合うことなんてできないと、始めは閉ざしていた、のに。
あれだけの醜態を晒したら、カッコつけることなんてできない。
それに見てきてる。仲間の、この競技にかける熱を。だから。
頼れる。
やわらかな手首。しなる。
一切の迷いのない放物線は、正しい軌道を描く。
一段飛ばしで駆け上がる階段。それはそれは強烈な飛び道具と化す。
やらかした原因は「ただ愛が深かったから」
勝ち得た原因もまた「ただ愛が深かったから」
「1on1しようぜ」と言った三井は、ワクワクを目に宿した、ただのバスケ好き少年。
同じ表情が再び見れるようになったことを、心からうれしく思う。
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