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【2、元祖エゴイストのパス】独り言多めの映画感想文(井上雄彦さん『THE FIRST SLAMDUNK)



 人の話を聞かないのは、聞くメリットが感じられないから。
 一概に「聞くことが大事」と言われた所で、全部が全部正しい訳じゃない。それは時に曖昧な方向指示機となり、本来直通だったはずの道に迷いが生じる。聞いた以上無碍にできず決断した結果、後悔することもしばしば。
 大事なのはただ聞くことではない。誰に何を聞くか。その割合。それ以前に己の基準、エッジを持っておくこと。例えば私はその決断が「勇敢」か「潔い」か「やさしい」かを基準にしている。


 流川はイヤホンがよく似合う。内向型日本代表。
 恵まれた容姿、体格を持ちながら、それを鼻にかける様子はない。自信があるからスカしているという訳でもない。

〈「負けたことがある」というのが いつか大きな財産になる〉

 山王の堂本監督が試合敗退後そう口にした。
 流川を語る上で、この名言を交えて話をしようと思う。


 全国制覇を目標に掲げるキャプテン。敗北は一度でもミッション失敗。戦であれば死に通じる。全国出場をかけた海南戦直後、この男にしては珍しくよく喋った。結果的に全国には出られたものの、本来死んでいた所を生かされた。それは男にとってひどく耐え難かった。
 その場で首を切り落とされていたかもしれない恐怖。
 何かを習得させようとする時、「痛み」と「恐怖」は非常に効果的だとされる。繰り返さない、危険を回避するために、反射的に動けるようになる。まるで電流を流すかのごとく、本能を通じて教育する。流川にとって〈負けたことがある〉という〈生かされた〉経験は、結果が伴わないにも関わらず得たものであり、不本意だった。手を伸ばしていないのに押し付けられる。その屈辱に、二度と負けないことを誓った。

 二度と負けないと誓った。けれど努力しようと上には上がいる。
 理想は「自分がチームを勝利に導く」こと。けれどそれは絶対ではない。絶対成し遂げなければならないミッションは「勝利」
 笑った、のは超えたい相手に出会えたから。
 相手に「今は」勝てない。けれど、
 笑った、のは「聞こう」と思えるチームメイトに恵まれたから。

 常日頃あった黄色い歓声。同時に心無い声もあっただろう。
 誰も本当の努力を知らない。語るつもりもない。
 何が分かると思っていた。分かる訳がない。分かり合えないと。
 絶っていた。始めから。でも、
 目障りな赤い頭の男の、日を追って出来ることが増えていく。たった一年足らずの初心者に、気づくと本気を出していた。ガラは悪いが何かと気にかけてくる先輩、直接声に出さずとも実力を認め、任せようとするゴ……キャプテン。

 イヤホンをつけていない時間、耳に入ってくる音に、自覚せずとも心地よいものが増えていく。入ってくる音に耳を塞がなくなる。
 自分より圧倒的に実力のある相手に動じない男。
 自分より圧倒的に身長のある相手に立ち向かう男。
 自分より圧倒的に体力のある相手に負けない男。
 自分より圧倒的に何もかも上の相手に挫けない男。
 そんな男達の、戦い、苦しむ声が聞こえた。
 同じ敗北を味わった、同じ屈辱を味わった、
 だからこそその誰しもが突破できると思ったし、事実超えた。


 自分だけじゃなかった。
 生まれたのは、たぶん、「敬意」
「聞く」に値する。
 自分は恵まれている、と自覚する。

 だから笑った。最終的には自分の決断に責任を負う。
 それでも、いやだからこそパスを選んだ。
 逃げたんじゃない。男は初めて、人を信じた。


 流川だけは過去の回想シーンがない。それはあるいは語るほどの過去を持たないから。誰しも恵まれないバックグラウンドを持っている訳じゃない。それでもバスケにハマる瞬間は確かにあって、そこから一人努力した時間があって、今がある。
 音に起こさない男は目で語る。パフォーマンスで示す。
 容姿じゃなく、エースという立場じゃなく、流川がカッコいいのは「成果にこだわり、成し遂げるストイックさ」を持っているから。
 それを共有できた瞬間に見せたハイタッチは、だから流川の力強さこそ際立つ。

 仲良しじゃなくていい。けれど孤独ではないと、視野を広げることでできるバスケがあると知る。同じ温度で喜びを共有できる仲間がいる。
 似たような表情は、けれども一年前と明らかに異なる流川楓。

 このハイタッチのシーンを見るためだけでもこの映画は見る価値があると、何度でも思う。





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