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出産を諦める30代後半(虐待サバイバー)の心境
出産を諦めるということ。諦める、の対岸に望む、という言葉があるなら
果たして私は私の子供を本当に望んでいるのだろうか?出産に執着する気持ちはあるだろうか。
このことについて、少し怖いけれど書くことによって何か自分の中に発見があるかもしれない、
もしかしたら何もないかもしれない、と思いテーマに選ぶ。
3大ダメ男フルコンプした20代
20代前半頃までは漠然といつか自分も子供を産むのだろうと思っていた。
しかし25歳以降から次第に、付き合う相手のダメ男ぶりを見れば見るほど、この相手の子を宿したいだろうかと疑問を持つようになる。
これはひとえに私の男を見る目がなさすぎるが故だ。
この場だから惜しげもなく発表しよう。
ギャンブラー、浮気癖、モラハラ&DV、それぞれ全て違う相手で経験した。してしまった。フルコンプリートである。
この時点で読者がいくらか離脱するだろうが仕方ない。
私は虐待サバイバーといわれる精神的虐待、精神的ネグレクトを受けて育った過去がある。
まんまと自己肯定感が0どころかマイナスの状態で成人した。
毒親育ちに多いといわれるアウトローな恋愛ばかりにうつつを抜かした暗黒の20代であった。
自分を愛せるようになった30代
そのまま地獄一直線で落ちていったとしても何ら不思議はない生い立ち。
だけどダメ男と付き合う度にとてつもなく悔しいという感情は持ち合わせていた。
親しい友人は次から次へとまともな男性と結婚していく中
私はなぜこんな男ばかり選んでしまうのか。分からなかった。
付き合う前“それ”は一応隠されているのだ。大体10ヶ月もかからずにその正体を表してくる。
お決まりのようにすぐには別れず、ずるずると付き合い続けボロボロになる。
奈落の底に突き落とされては、自分のコンプレックスと向き合うことを繰り返して今がある。
己と向き合う作業は苦しかった。
同時に自分を救えるのはもう自分しかいない、とも直観的に感じていた。
母と同じように、自分から逃げることだけはしたくないと思った。
かなりの遠回りをしたけれど、今は健全な男性と暮らしている。
毒親への期待も捨てた。
自分を大切にするということが何なのか、ようやく腑に落ちた感がある。
ここまで到達するのに39年かかってしまった。
だけども今はうつ病である。
こんな状態で自分が果たして母親になれるのか。1つの命を守り育てる余裕はあるのか。
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40代入口、今見つめている景色
ようやく精神的な自由の意味を理解しはじめたところ。まるで後遺症のようなうつ病。
いくつもの疑問への答えは、「自信がない」それに尽きる。
子供や赤ちゃんは大好きだ。他人の子供でも可愛い。無限に一緒に遊んでいられる。
子供と関わる仕事を今選んでいるほどだ。
母は自分の子供である私に堂々と「私子供嫌いだから」と言い放つような人だ。それに比べると(比べるまでもないか)、
私はいわゆる子供好きと言って良いと思う。
冒頭で子供を望んでいるか?について触れた。
私は、今のパートナーとの子供ならば宿し産み育てても良いと思える。
しかしながら。
健康問題を抱えていて、パートナーも年下ということもありまだ自身のやりたいことを優先しているそんな状態だ。
この状態で今でさえ高齢出産に当たる年齢の私が産めるかと言ったら産めないというのが現実的判断だろう。
経済的ゆとりだって全くもってない。私は無責任に命を産み落とせる状況にはない。
このことについては、パートナーも承知している。
このまま関係を続けると、子供を持つという選択肢が人生から消えることも同意の上付き合っている。
同年代と比べる余裕がない
こんな小見出しにしてしまったが、全く比べないわけではない。
それでも比べることに何の意味も見出せていないのも事実。
こんなならず者の私からすれば、自分と愛する人の遺伝子を残せるなんて、それだけでもこの上ない宝物だと思う。
だけど当の本人(友人知人)は、子供が1人なら2人、いるなら男女の区別。
教育や家事分担などでの家族のすれ違い、それに伴う夫婦喧嘩の子への影響、発達程度への心配、子育てによるキャリア中断の苦悩など。
耳に入ってくる彼女たちの悩みは本当に尽きない。
それだけ真剣なのだということも分かる。
結局、隣の芝が青く見えるのはどんな環境でも人間の性なのだ…
と私も比べてみては実感する。
行き着く結論は呆れるほどいつも同じで最近は時間がもったいないと感じ
そのようなことに思いを巡らせることは減ったように思う。
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必然的子なし≠選択的子なし
それも人生なのかなと思っている。
私は紆余曲折を経て、結婚離婚も経験し、ようやく自分というものに出会えた。
(ちなみに結婚は早く親元から離れたいという理由で条件だけで相手を選んだ結果、地雷でした)
ここまで来るのに39年かかってしまい
うつ病というおまけまで付いてきてしまったけれど。
結果的に出産の機会を逃したのだとしても、自然の流れだと今なら思える。
親からの愛情を得られないどころか傷つけられて成長すると、
どこにも自分の存在価値を見出せず、自己肯定感も育めず、途中で命を絶ってしまう人だっている。
私自身も若い時分は自傷行為を繰り返し何度か未遂もした。歳を重ねた今だって消えたくなることはある。
そんな状態から何とかここまでデコボコでも自分を立て直してきたのだ。
自分育てなんて言葉があるけれど
その作業をマイナスから始めてやっとの思いで今息をしている。
出産を選べるのに選ばないという、選択的子なしではなく
自分は出産を選べたかもしれないけれど、この先無理やり選ぶことは諦めた。
必然的子なし、と言える。
後悔と諦念
一方でダメンズに費やした時間を無駄にしたくないという強がりで
「彼らのおかげで私は成長できた」などとは一切思いたくない。
綺麗にまとめようとしなくていい。
無駄だったよ、ああ無駄だったさ。
できるものならあの時間を取り戻してお金を貯めて大学院に行けば良かった。
自分の好きな物事を大切にして美術館や博物館巡りをしたり
読書をする静かな時間を積み重ねれば良かった。
正直言って後悔は尽きないよ。
だけどあの時の私はその選択が精一杯のカードだったんだ。
それしか選べなかったんだ。
それが私なんだ。
これがもし「ありのままを受け止める」ということならば、
今だからこそできるようになったのかもしれない。
祝福すること
もしもここまで来て彼に「やっぱり自分の子供が欲しい」と言って振られたとしよう。
彼には失礼にあたるので伝えていないけれど、自分の中でその可能性も飲み込み今一緒に生きている。
これは自分を守るためでもある。
人は変わる。
さんざんダメンズを見てきたし(彼とダメンズを一緒にするつもりはない)
母親を見て人間の幼さや未熟さ、浅はかさも嫌というほど知っている。
そもそもうつ病・無一文・アラフォーバツイチと暮らしてくれている時点で奇跡なのだ。
これ以上何を望もう?
虐待サバイバー気質と言われればそれまでだが
足りないものを数えるより、今あるものを数えて暮らしていきたい。
今日まで生きてこられたことをただ静かに祝福したい。