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【イベントレポート】大企業はオープンイノベーションにどう関わるか? 3社の実践から考えるNext Challenge

スタートアップと大企業、それぞれの強みを活かした協業が進んでいます。大企業はアクセラレーションプログラムや場の提供、CVCによる出資や買収に至るまで、さまざまな実践を積み重ねるなかで、企業文化の違いなどの課題をどのように乗り越えているのでしょうか。

HAX Tokyoはトークイベント「大企業のオープンイノベーション Next Challenge」を2024年10月2日に実施。スタートアップとの協業を推進する上での課題や、オープンイノベーションの次の形について深く議論が展開されました。

登壇者はフジテレビジョンの清水俊宏氏、KDDIの石井亮平氏、そして住友商事の志津由彦。モデレーターを務めたのはCoalisジェネラルパートナーの上原仁氏です。スタートアップ、大企業の関係者、行政関係者など、多彩な参加者が集まったイベントの様子をお伝えします。


大企業とスタートアップ。二つの立場からオープンイノベーションを考える

上原:モデレーターを務める上原です。私はNTTに8年間勤めた後、自分で起業して上場を経験しました。大企業とスタートアップの両方で得た経験を基に、日本のビジネスエコシステムにまだ根付いていないM&Aを、10年かけて定着させることを目指し「Coalis」というプロジェクトを立ち上げました。今日はオープンイノベーションの最前線で活躍する方々から多くの視点を伺えればと思います。


Coalisジェネラルパートナー、HAX Tokyoアドバイザー 上原仁氏

石井:KDDIの石井です。100社以上のパートナー企業とスタートアップをマッチングさせ事業共創を目指す「KDDI∞Labo」と、国内外で147社のスタートアップに投資を行ってきた「KDDI Open Innovation Fund」の責任者を務めています。

志津:私は住友商事で2000年代前半からスタートアップ投資に携わってきました。2014年から海外の事業会社に出向し、通信事業を中心にKDDIさんとのジョイントベンチャーなどにも関わりました。2023年に帰国し、現在は新事業投資部門でオープンイノベーションのリードを担当しながら、ハードウェアアクセラレーションプログラム「HAX Tokyo」の責任者と会員制オープンイノベーションラボ「MIRAI LAB PALETTE」のラボ長を兼任しています。

清水:フジテレビの清水です。報道局の経済部で担当部長を務めながら、ビジネス推進局にも所属しています。番組制作やイベント企画の過程で、企業の枠を超えたプロジェクトを手掛けることが多く、その中でスタートアップコミュニティとも深く関わるようになりました。フジテレビの持株会社はCVCやM&Aにも取り組んでいますが、私個人としては趣味のような感覚でオープンイノベーションに携わっています。


「弱者の戦略」だったKDDIのオープンイノベーション

上原:オープンイノベーションの全体像をCoalisとして整理しました。Giveの精神を基にしたアクセラレーションやイベントでの接点づくりから始まり、最終的にスタートアップの事業が大企業の一部として完全に統合されるまでを、5つのフェーズに分けてまとめました。下記の図がその概要です。

スライド制作:Coalis

上原:フェーズ⑤の具体例としては、GoogleによるYouTubeの買収や、Meta(旧Facebook)によるInstagramやWhatsAppの買収が挙げられます。こうした実践がインターネットやSNSのような変化の激しい分野で、彼らが長くトップを維持できている理由と言えるでしょう。この5段階モデルの整理には、KDDIさんの実例から大きな影響を受けています。

石井:
ありがとうございます。KDDIはオープンイノベーションに積極的だとよく評価されるのですが、その背景にはNTTさんという業界の圧倒的強者の存在が影響しています。二番手三番手の企業がトップに追いつくためには、自社のリソースだけでは十分でなく、外部の力を取り入れて成長する必要がありました。こうした「弱者の戦略」が結果としてオープンイノベーションの文化を育て、電話事業を起点とした本業も、モバイルやインターネット事業へと変遷を遂げてきたのです。

2011年の立ち上げ当初の「KDDI∞Labo」はアクセラーレションプログラムとしてフェーズ①の場づくりを担い、「KDDI Open Innovation Fund」はフェーズ②のCVC投資に該当しています。世間の動向や事業戦略上重要なタイミングを判断し、フェーズ③以降の戦略投資に踏み込む際には、主幹事業も巻き込みながらメジャーを取りにいこうとしています。

KDDI株式会社 オープンイノベーション推進本部 BI推進部 部長 兼 KDDI∞Labo長 石井亮平氏

上原:2017年にKDDIグループの一員となったソラコムは、2024年3月に東証グロース市場への上場(IPO)を果たしました。子会社化を経てのIPO、いわゆる「スイングバイIPO」として記憶に新しいですが、結果としてKDDIの持ち株比率は66%から約44%に下がりました。2021年にはKDDI以外の6社との資本提携を含むパートナーシップを結んだことも注目されましたが、どのような判断があったのでしょうか?

石井:ソラコムがIoT分野でグローバルに飛躍するためには、KDDIだけのアセットでは足りないと判断しました。そこで私たちは一歩引き、他の企業との資本提携を通じて、ソラコムの成長を支えることにしたのです。これらの企業は強力なサポーターであると同時に、ソラコムにとって重要な顧客でもあります。我々の投資基準は、短期的な売上ではなく、どれだけ対象企業を大きく成長させられるかにあったため、こうした戦略を採用しました。

上原:大企業としてスタートアップにアセットを提供するだけでなく、株価形成まで含めたパートナーシップを構築したことが成功の鍵だったのですね。

事業会社としての本業と、個人レベルの縁がつながる住友商事

上原:住友商事さんはフェーズ③以降の戦略投資や子会社化、100%統合などを本業として取り組まれてきましたよね。日本でスタートアップ文化の普及に合わせて「MIRAI LAB PALETTE」のような場づくりや「HAX Tokyo」のようなアクセラレータプログラムも手掛けるようになり、オープンイノベーション全体に対応する“フルスタック”な企業になったと理解しています。

志津:住友商事グループはさまざまな産業分野で事業部隊を持っています。たとえばECサイトの「モノタロウ」は、住友商事の鉄鋼事業部と米国のグレンジャー社が共同で2000年に設立したものですが、このような事業部主導の投資を20年以上前から行ってきました。また、当社のCVCは世界5箇所に拠点を持ち、シリコンバレーでは1998年から活動を続けています。日本企業としてはかなり早期から投資を行ってきたことや、部門ごとに異なる対象を検討できることが強みです。

上原:CVCだけにこだわらず、事業部としてのプライベート・エクイティ(PE)を実践することや、他社とも協力してPEを組成し、スタートアップや苦境にある企業を支援するのもオープンイノベーションの一つのアプローチですね。

住友商事株式会社 MIRAI LAB PALETTE ラボ長 兼 オープンイノベーション・リード 志津由彦

上原:志津さんは、スタートアップエコシステムが形成される前から投資を実践し、エグジット成功率が6割を超えるという驚くべき成果を出していますが、その目利きのポイントはどこにあったのでしょうか?

志津:個人的には興味があっても、住友商事としては取り組めない事業がありました。そういった場面では、大企業を辞めて起業した同世代の仲間たちとのコミュニケーションが役に立ちました。共感できる人や一緒に取り組める人を見つけたり、経営者を紹介してもらったりしたことが、結果的に良い縁や投資につながったのだと思います。

上原:一度大企業での経験を積んだ人が投資対象になるというのは、普遍的な傾向かもしれませんね。

志津:そうですね。スタートアップ経営者は苦労が多く、思うようにいかないことがほとんどです。困難な時期も一緒に過ごせる関係を築ける相手として、スタートアップを何度も経験した「シリアルアントレプレナー」の存在感も増していると思います。


フジテレビの視座から、面白いものを繋ぐ熱意

上原:清水さんはフジテレビでのキャリアを形成する中で、自然とオープンイノベーションを実践してきた方だと認識しています。

清水:私は新卒でテレビ番組制作をスタートし、政治部などで「早く、わかりやすく、正確にVTRを作る」スキルを磨きました。ただ、制作者自身は営業をしないので、視聴率の取れて内容の素晴らしい番組を作ることばかりに集中していたように思います。正直顧客ニーズを意識するマーケットインの考え方には縁遠かったのですが、異動でデジタル事業を手がけるようになってから初めてKPI設定や損益管理の重要性を学びました。

ビジネスとして収益を上げることは、視聴者やユーザーから支持されていることの証でもあります。そのことに気づいてから、私たちの仕事は「コンテンツの力で驚きや感動を創ること」だと自分自身で再定義して、テレビ番組やデジタルプラットフォームに限らず、リアルイベントの企画制作などもするようになりました。

株式会社フジテレビジョン 報道局経済部担当部長兼ビジネス推進局 清水俊宏氏

清水:さまざまなコンテンツを手がけるなかで、異業種の方々との交流も増えていきました。「KDDI∞Labo」のような場で知り合った方とネット配信用の動画を作るようになったり、リアルイベントにコンテンツを出展いただいたり。放送のための技術にとどまらず、番組やイベントと組み合わせることも含めれば、シナジーが生まれるスタートアップに限りはありません。Giveの精神でスタートアップに機会を提供し、魅力的なコンテンツが生まれ、そこからCVCの検討につながることもありました。

自分でオープンな場に飛び込んで交流する中で、宇宙産業や環境問題など、自分の考えになかった分野との出会いがありました。フジテレビの人間は熱意とプロデュース技術を持ち合わせていますから、そうした新たな分野でも面白いコンテンツを提供していきたいです。

上原:清水さんはソーシングからシナジー設計まで手掛け、フジテレビというコンテンツ会社が持つ力を最大限にプロデュースしているのですね。スタートアップとの連携によってフジテレビのコアバリューを体現することは、社内の人材にも良い影響を与えるように思えました。


投資の評価軸は目的に合わせて変化する

上原:M&Aや戦略投資を成功させることは容易ではありません。組織として連続的に成功させる技術や能力があるとすれば、どのようなものでしょうか?

志津:一般的なCVCでは、スタートアップのIPOをゴールにしてリターンを得ようとしますが、他にも選択肢があるはずです。バリュエーションが高すぎると、大企業がスタートアップを取り込むのが難しかったり、スタートアップ側も上場後のエクイティストーリーが描きづらかったりと課題が生じます。IPOだけではなく、アメリカで主流となっているような、M&Aを経て連続起業家として次のステップに進む道もありますし、上場後も大企業が安定した株主になるニーズも根強いのではないでしょうか。


石井:M&A後に自社の事業部として統合する戦略も考えられますが、KDDIではあえてスタートアップを独立した会社として存続させています。スタートアップの文化やスピード感を残しながら、大企業のアセットを注入した「ハイブリッドスタートアップ」として存続させることで、両者の良いところを併せ持つ組織として育てることを意識しています。

上原:KDDIの成功の秘訣の一つは、新規事業と本業でM&Aチームを分けている点ですよね。どれだけ魅力がある新規事業だったとしても、本業と比較すると規模が小さく見えかねませんから、すれ違いを避けるために部隊を分けるのは効果的な解決策だと思います。

石井:新規事業の探索と既存事業の強化を行っていますが、評価軸はそれぞれ異なります。たとえば本業隣接領域としてデータセンターの買収を検討する際には、企業のリスクをひたすらチェックする減点方式になりますが、新規事業では可能性や育て方を重視します。ある意味ダブルスタンダードな体制で、本業を守りながら新規事業の可能性を探索しています。

オープンイノベーションの「Next Challenge」とは


上原:最後に、個人や企業として取り組んでいきたい「Next Challenge」を教えてください。

清水:オープンイノベーションはオープンマインドから生まれると考えています。私自身、純粋に「この人と一緒に何かやりたい」「面白いから取り上げたい」という気持ちで動いてきました。エンターテイメントや動画の領域に縛られず、違う場所に行くと考えもしなかったテーマと出会い、新しいものが生まれることを実感しています。これからも、オープンな心で気軽に話をし続けていきたいです。

石井:毎日、社長から『もっと大きなことをやれ』と叱咤されています(笑)。日本全体としてスタートアップの数は増えていますが、ユニコーン企業はなかなか出てきていません。ソラコムのスイングバイIPOは偶然の産物でしたが、この成功を再現可能なスキームにして成功事例を生み出し、日本全体のユニコーン数の増加や国力の向上につなげていきたいです。

志津:CVCでリターンを出すのは簡単ではありません。国内だけに目を向けている限り、小規模IPOに伴う課題は付きまとうので、今後はグローバルに成長できる企業に注目していきたいです。中でもディープテック系の企業に対する投資は、長期的な視点と大規模な資金投入が必要になりますから、大企業からのカーブアウトや大企業同士の連携も通じて、国際的なスタートアップの成長を支援していきたいです。

(取材・文:淺野義弘 編集:シンツウシン)

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