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富山では、横山秀夫さんの世界をお腹いっぱい堪能した
富山県にいたときに、知事から県民の健康づくりを促進させるような取組を考えてくれ、というオーダーがありました。
健康づくりを担当している課で、検討しました。
歩くことは、年齢にかかわらず、場所も選ばずどこでもできて、お金もそんなにかかりません。
万歩計や時間で計測することもできて、目標も設定でき、お手軽な、ちょうどいい健康づくりになります。
県内ではいくつかの新聞社がウオーキング大会を主催してやっていました。
県も「歩こう大会」を開催することとし、新聞社がやっているウオーキング大会も含めて、県内で開催される「歩こう大会」の5つ以上に参加した人に、県が記念品を贈呈することを考えました。
新聞社のウオーキング大会を邪魔することはなく、相乗効果でむしろ参加者が増えて、盛り上がると思いました。
新聞社に了解を得て、対象となるウォーキング大会を指定しておき、スタンプラリーのように参加者にスタンプを押してもらうような、楽しめる企画を検討しました。
県が新たに主催するものは、新聞社のウオーキング大会と実施時期や場所がかぶらないように春1回と秋1回、日曜日に実施しようと企画しました。
このとき県内でウオーキング大会を主催していたのは3つの新聞社でした。
このうち2社からは、すぐさま「了解」の返事がありました。
ところが、残りの新聞社からは返事がありません。
事業担当の局長のところで、話がとまっているようだと職員から報告がありました。
県の財政課への予算要求の期日がせまっていたので、その新聞社の局長にアポをとって、直接説明に行きました。
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名刺交換をしたところ、新聞社の局長さんは、私に向かって、このように言いました。
県はいつから、人のふんどしで仕事をするようになったのか?
そのセリフが、横山秀夫さんの小説そっくりでした。
横山秀夫さんは、群馬県の地方紙の上毛新聞社の記者から作家になったので、新聞社の内情は熟知しております。
県警の記者クラブにもいたので、警察にも詳しく、私は「D県警シリーズ」など県警を舞台にした推理小説の熱烈なファンでした。
新聞社の局長は、私に質問をしてきました。
我々は、ウオーキング大会の日には、早朝から歩くコースを見回って、鉄砲を撃っている。
なぜだか、判るか?
私は、首を横に振りました。
熊よけだよ。熊よけ。
そんなことも知らないで、よくノコノコと説明に来られたものだな。
宮崎県には熊はおらんので、知らんがな。
我が社は、ウォーキング大会の参加者の安全のために、猟師をやとって鉄砲を撃たせて、熊が出てこないようにしている。
こうした民間会社の苦労も知らないで、ふふふ。
お役所仕事は、お気楽でいいもんだ。
なんなんだ、コイツは。
しかし、横山秀夫さんの小説に登場する新聞社の幹部の態度と台詞がそっくり過ぎて、ある意味で感動しました。
新聞記者から作家になった人の観察眼は鋭い!と尊敬しました。
まあ、せっかく県の部長が我が社に来たので、手ぶらで帰すわけににもいくまい。
蛇のような顔つきでした。
どうだ、おりいって、部長に相談がある。
我が社のウオーキング大会だけにしてもらえれば、この話にのってもいいが……。
新聞社の局長は、薄笑いを浮かべておりました。
ますます横山秀夫さんワールドが展開されたので、もう十分、お腹がいっぱいになりました。
「どうやら、話が全く合わないようなので、帰ります」
そう言って、私は立ち上りました。
おいおい、知事に伝えずにこの場で決めるのか。
こんな大事な案件を、部長だけで判断していいのかな?
新聞社の局長が、引き留めようとしました。
「ご心配にはおよびません。知事に伝えても、同じ返事だと思いますので。大変お忙しいところ、おじゃましました」
そう言って、笑顔で新聞社を後にしました。
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さっそく知事に報告しました。
県主催の2回の歩こう大会だけを開催することにして、新聞社のウォーキング大会と共同したスタンプラリーはやめました。
そのかわり、有名人を呼んで、一緒に歩くことにしました。
このときは、元ショートトラック日本代表で、NHKーBSにもよく出ていた勅使河原郁恵さんが参加してくれました。
勅使河原さんは素敵な女性で、富山県名産の呉羽梨をネットにアップしてくれたので、県の農林水産部が喜びました。
呉羽梨は、なかなか富山県外に出回らないのですが、美味しい梨です。
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その直後に、くだんの新聞社のウオーキング大会に、県も共催して、参加者にミネラルウオーターを提供してもらえないか、という話がきました。
この件を持ってこられたお方は、かつて副知事をされていた大先輩でした。
部長室にわざわざ出向いて来られて、「歩くことは健康づくりに役立つ」と、歩く効能についてお話しをされました。
「歩く健康づくりを広めるとともに、熱中症を防ぐ意味でも、県が後援して、ミネラルウオーターを提供してもらうと助かる」と言われました。
私は、にっこり笑って答えました。
「どうもありがとうございます。本当に歩く健康づくりは大切ですね。せっかくのお話をいただいたのに恐縮ですが、事情があって、その新聞社には提供することができません。事業担当の局長さんがこのあたりの事情をよくよくご存じだと思います。大変申し訳ございませんが、その局長さんによろしくお伝えいただければ、幸いでございます」
私は、この新聞社が公募している掌編小説に応募して3回入選し、400字の原稿用紙10枚の小説が掲載されました。
その掌編小説は、次のような題材でした。
越中富山の薬売りが始まった話
富山県を石川県から独立させた米澤紋三郎の話
富山県の河川改修に貢献したオランダ人技師デ・レーケの話
私が富山県を去るときに、この新聞社の社長さんから、富山の歴史を小説にしてくれてありがとうと、お礼を言われました。
新聞社には、いろいろな方がおられることを学習しました。
多様性は大事だと思います。
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横山秀夫さんの小説を読んでいたことで、新聞社の局長とのやりとりのときも、既視感があって落ち着いて対応することができました。
読書は役に立ちます!
もともとは、NHKでドラマ化された「クライマーズ・ハイ」を、ある新聞記者から紹介されたのがきっかけでした。
「これを見ると、新聞社の内情や記者の生態がよくわかりますよ。でも、かっこよく描かれすぎですが……」
彼のすすめで、横山秀夫さんの小説を読み始めました。
おかげで冷静な対応をすることができました。感謝しております。
この記者さんは、今は新聞社を辞めて、福祉施設で働いています。
富山で別れてからおよそ20年経ちますが、毎年、年賀状が届きます。
写真上の犬が増えていて、多頭飼育崩壊にならないかを心配しております。