ハリスと岩瀬忠震は、英国からのアヘン持ち込みを阻止するために条約を結んだ
米国のバイデン大統領と中国の習近平国家主席が、昨年11月15日に首脳会談を行いました。
あまり報道されませんでしたが、この世界的な会談の中で、公衆衛生的な協議が行われています。
医療用麻薬オピオイドについて、中国が製造・輸出を取り締まることが協議されました。
会談の結果、米国は、メキシコへのオピオイドの原料の輸出取り締まりを強化することを、中国に約束させることに成功しました。
大統領選挙を控えていたバイデン大統領は、米国民の生活に影響する問題に注力していることをアピールするために、必要なことでした。
中国から輸出されたオピオイドの原料は、メキシコの麻薬組織が加工して、米国に密輸をしています。
米国では若者を中心に、オピオイド中毒が広がっており、大きな社会問題となっています。
鎮痛効果の高いオピオイドは、日本でも末期がんの疼痛管理に処方されますが、国内ではまだそれほど一般に知られておりません。
米国では、薬物中毒による死亡者は10万人を越え、その多くはオピオイドの中毒者です。
ヘロインやコカインのように、植物から抽出するものではなく、化学合成でつくることができますので、極めて安価です。
無職の若者でも買うことができます。
新しい麻薬中毒の蔓延は、アメリカ社会を揺るがしています。
アメリカは、トランプ大統領のときから、中国に輸出を規制するように言ってきました。
この結果、中国は、米国への輸出はストップしましたが、メキシコに輸出先を変えたのです。
中国は、かつて英国からアヘンが流入し、国内に蔓延して、国を滅ぼしかけたという歴史を忘れていません。
米国と対立を深める中で、メキシコにオピオイドの原料を輸出させて、米国内のオピオイド中毒者を増やす「逆アヘン戦争」をしかけていると指摘する識者もいます。
中国と英国との間でアヘン戦争が行われた幕末に、日本へはアヘンは流入しませんでした。
偶然ではなく、これを阻止した人物がいます。
アメリカから日本に来た初代の総領事ハリスと、幕府の外国奉行岩瀬忠震です。
ハリスは、日本との通商条約締結を目指しておりました。
岩瀬忠震との協議で、最初に条約を結ぶのは米国の方がいいと発言しました。
ハリスは「英国は必ずアヘンを持ち込んでくるが、米国はそんなことはしない。日米の二カ国でアヘンの通商禁止を盛り込んだ条約を締結すれば、英国もこれを無視することはできず、アヘンを日本に持ってこられなくなる」と力説します。
最終的に幕府の井伊大老が、米国との条約を結ぶことを判断しました。
孝明天皇の許可を得ずに条約を結んだことが批判されていますが、アヘンの国内流入を阻止したことは公衆衛生的にいい判断でした。
岩瀬は、安政の大獄で免職、蟄居となり、44歳の若さで病死しています。
生きていたら、明治政府の外務大臣として日本の外交を担っていたかもしれません。
麻薬の扱いは、外交の基本中の基本です。
麻薬はマフィアや暴力団など反社会的勢力の資金源となり、こうした勢力がはびこると社会に混乱が生じて、国を滅ぼすことになります。
江戸時代の幕府の指導者たちは、隣国で起きたアヘン戦争のことを十分理解しており、こうした賢明な薬物乱用防止措置の判断ができました。
現代の日本の指導者たちは、中国と米国の「逆アヘン戦争」を十分に理解しているでしょうか。
医療機関における麻薬の使用の監視は、保健所の任務となっています。
薬物乱用防止は、公衆衛生の重要な柱のひとつです。