軍陣医学が、精神医療を変えた
戦争でショックに陥った兵士を手術する軍医は、多くの問題に直面しました。
一九四九年に、フランス海軍の軍医ラボリは、チュニジアのビゼルドにある船員病院に勤務していました。
抗ヒスタミン剤のプロメタジンには強力な鎮静作用があり、ラボリはこれを投与すると、患者が幸せに満ちた安らぎを与えることに気がつきました。
プロメタジンは、クロルプロマジンを合成したものです。
一九五一年に、ラボリはパリ陸軍病院パル・ド・グラースに移ります。
翌年、クロルプロマジンを患者六〇人に試して、結果が良好だったことを報告しました。
クロルプロマジンが、精神病患者にも使えることを示唆するレポートでした。
精神科医のドレイが、パリの精神病院でクロルプロマジンを使ってみたところ、良好な結果が得られました。
統合失調症の患者は、戦場の兵士と同様に強烈な不安をいだいており、クロルプロマジンはこうした統合失調症に効果があることを確かめました。
クロルプロマジンがきっかけとなり、精神科では薬物療養が主流となっていきます。
これまで行われていた電気ショック療法、マラリア療養、ロボトミー手術といった有害な療法は、やがて消えていくことになりました。
戦争神経症の治療がきっかけとなって、精神医療を変えたのです。
このことは、あまり知られていません。
精神科医で作家の加賀乙彦さんは、この時期にフランスに留学し、フランスの精神医療を学んでいます。
小説「フランドルの冬」には、パリの精神病院でドレイがクロルプロマジンで治療を行っていることが描かれています。
まさか、軍陣医学が精神医療を変えることになるとは……。
世の中は、何が起こるかわかりません。予測不能です。
今年の3月に行われた高千穂高校の校長先生の卒業式の式辞の中に、「VUCAの時代」という言葉がありました。
VUCA(ブーカ)とは、以下の語句の頭文字からなり、不確実で複雑、予測不能で曖昧な社会情勢を言います。
Volatility :変動制
Uncertainly:不確実性
Complexity:複雑性
Ambiguity :曖昧性
このような不確実で複雑、予測不能で曖昧なVUCAの時代において、公衆衛生を極めるには水になることです。
水は無形です。
水を差し、水をかけ、水に流す。
みずみずしく、みずくさく、やるっきゃない。
水を制する者は公衆衛生を制す!
Be Water!
なお、ブーカは、怪獣「ブースカ」とは違いますので、念のため申し添えます。