非当事者研究への脚注その4
「非当事者研究その3」で「非当事者」について考えましたが、言葉足らずだったので、ここであらためて考えてみます。
「非当事者」は「当事者でない者」という単語として使われます。しかし「非当事者」を文字通りに読めば「当事者に非ず」すなわち「当事者でない」という述語になります。「当事者でない者」を無理矢理に作れば「非当事者者」になります。
あるいは「非」は「当事者」ではなく「当事」すなわち「事に当たる」に係っており、「事に当たるに非ざる者」として「非当事者」を単語と考えられるかもしれません。しかし「非」は名詞(体言)を否定する接頭辞であり、「事に当たる」という動詞(用言)を否定する接頭辞は「不」あるいは「未」になり、「不当事者」か「未当事者」になります。前者の「不当」という音の連なりは否定的なニュアンスを帯びてしまいます。それに対して、後者は「未だ事に当たらざる者」すなわち「まだ事に当たらない者」として潜在的に「事に当たる」可能性を秘めており、非難的意味が薄いように思います。
いずれにせよ「非当事者」という言葉自体が問題を孕んでいます。しかしなぜそれが当たり前のように使われてきたのでしょうか。ここはやはり障害当事者運動の影響だろうと思います。運動内部において「障害者」の対として使われたのは「健常者(健全者)」あるいは「非障害者」です。ここで注目するのはやはり「非障害者」です。
「障害者」という言葉が世間で否定的な意味で使われますが、障害当事者運動ではあえてそれを引き受けて、積極的に使っていきました。そうした過程で価値逆転が起こり、「非障害者」が否定的意味で使われたのだろうと思います。また「非障害者」は「障害に非ざる者」であり、言葉としても理に適っています。
「障害者/非障害者」という単語での区分が「当事者/非当事者」という述語での区分に横滑りしたのだろうと考えられます。