非当事者研究その5
「当事者」に関わる人を指す言葉はないわけではありません。たとえば「支援者」はその代表的な言葉です。一般的にも広く用いられており、そう名乗れば、「当事者」にとってどういう位置づけかすぐにわかってもらえるでしょう。しかし「支援者」はどうにも違和感があります。
「支援者」は「当事者」の「保護者」のように見られやすい。たとえば言語障害がある成人障害者と街に出れば、多くの人は「支援者」をマジマジと見てやりとりしようとします。また「支援者」には当事者との非対称を際立たせるニュアンスがあるように感じます。「支援」には「する/される」、「与え手/受け手」という一方向的な関係のみに収斂させるような力があり、「こんなにもやってあげてるのに!」あるいは「こんなにもやってもらってるのに...」と思わせることがあるでしょう。こうしたところから権力関係が出てきても不思議ではありません。
それでもやはり実際に「当事者」に関わる人が行っているのは「支援」と名付けることができるもので、「する/される」の関係にあると考える人はいるでしょう。しかし私の経験からすると、一般化はできないにせよ、実際に起こっていることに目を凝らせば、違う様相が見えてきます。
「支援」は「支援者」のみではできません。たとえば「当事者」の着替えには、「当事者」が動かない、あるいは身体を任せてくれることが不可欠です。ややこしく言えば、「支援される側」が「支援する側」を「支援する」ことが必要になり、このとき「支援する側」は「支援される側」でもあります。
「支援者」も適当でないとして、「当事者」に関わる人を指す適切な言葉の条件とはなんでしょうか。