黒い白衣
わりと物欲はある方、だと思う。
購入してヤッター!となった物は多い。
が、繰り返し繰り返し「やっぱあのとき買ってよかったな~」とニヤニヤできるものは限られる。
筆頭は決まりだ。
「トゥーンドクター100」。
黒い白衣
一秒足らずで矛盾している。黒衣じゃん。僧か?
いやね、言ってしまえば黒いロングコートっす。
名をトゥーンドクター100 BKという。
100は着丈100cm、BKはブラックの色味を示すので、「トゥーンドクター」を作品名とみていいだろう。
作品名。
商品名ではなく、「作品名」と書いた。
この一着をひとつの「作品」だと思うからだ。
先行して、「トゥーンドクター100」という白い白衣(トートロジー……)が発表されていた。
これはその名の通り「トゥーン(まんがやアニメを表す『カートゥーン』の略)に出てくるドクターみたいな」デザインの白衣だ。
実際の研究施設・医療施設等で採用される白衣はカートゥーンのように凛々しくないこともある。
ストンと落ちるシルエットは胴が太く脚が短く見えるし
袖や裾は必要以上にはためかない長さだ。
安全のため、衛生のため、ある程度は仕方ない。
厚くて暑いのも、薄くて寒いのも、乾きにくいのも、シワになるのも、そのための上着ではないのだから仕方ない。理解はしている。あくまで作業用の服だからね。
が、ときめかないんじゃあ……!
トゥーンドクター100が世に出た当時、わたしは白衣を着る仕事を辞める秒読み段階だった。
引き留めようとする会社と辞したいわたしのタテマエねっちょり忖度バトルが無事(?)落ち着きそうな頃合いでなければ、一も二もなく自費で仕事着にしていただろう。毎日げんなりしながら着ていた支給の白衣より、絶対絶対ハッピーに就業できることが約束されていた。夏暑くて冬寒い絶妙に最悪なあの布感、逆にすげえよ
しかし、なにせ「白衣を脱げる」ことを喜んでいたタイミングだったのである。
ご縁が無かったってことかなぁ……とションとしつつ、まぁそういうこともあるよね、なんて思っていた。
ところが、だ。
「白衣」ではなく日常使いの外套として使える「ブラック」がレパートリーに加わるという。
腰回りがシュッと絞られた涼しいシルエット、前下がりの綺麗な裾、主張しすぎないのに華やかな背中ダーツとウエストベルト、肩回りの美しい曲線、ツンと尖った愛らしいラペル。
フラップつきの深いポケットは下手なカバンよりよほど収納できるし、口が斜めになった胸ポケットは物が落ちにくいそうだ。裏地は静電防止素材だ。防汚性もあるので小雨程度はモノともしない。
白衣ver.としてのスペックはそのまま、カラーが黒くなるだけ。
最高じゃん。
実用性も審美性もばっちりの超絶クールかつキュートなロングコートじゃん。
そりゃもう、一も二もなく予約したわよ。
アメ横センタービルの上野屋さん。このコートを買うまで「気になるな~」と思いつつ踏み切れずにいたのだけれど、憧れを以て眺めていた期間はだいぶ長いので迷うことは無かった。
ステージ衣装にありそうなサテンシャツやジャケットにも惹かれつつ、予約希望の旨をスタッフの方へ申し出る。
ロングコートだけあって、相応のお値段がする。しかし、まったく躊躇いも後悔も感じなかった。
わたしは身長が160㎝台半ばなので、男性の着用写真よりもやや丈が長く感じた。しかし、前後差とスリットのおかげで裾さばきに難は無い。
長めの袖も、「可愛い」「暖かい」かつ「邪魔にならない」「汚れにくい」の絶妙なポイント。
目の詰まった生地だから、ちょっとした雨や雪なら手で払うだけで転がり落ちる。それでも汚れてしまったら、そこはそれ、あくまで「白衣(黒いけど)」だからジャバジャバ洗ってしまえばいいだけの話。
わたしは時々防水スプレーで防御力バフをかけているけれど、これはやらなくても大丈夫だろうなってくらいしっかりした布地だ。
買った年はほとんど毎日着ていた。そろそろロングコートって季節じゃないかぁと苦しくなるギリギリまで粘った。
買った翌年も寒くなるや否や引っ張り出して着た。また初夏の気配が見えてくるまでヘビーユーズした。
買った翌々年も……もういいか。以下同文。
流行病の件もあり、ザクザク洗っても大丈夫なコートは本当に助かった。
職業柄リモート勤務が難しかったので、通勤用の上着が自宅で洗濯できることのありがたみを日々感じていた。そうでなくても車内暖房や何やかやで意外と汗かくしね。
上野屋シャツ店さんのドクターコートは
「トゥーンドクター100」に続いて何種か出ている。
レディースモデルの「エーデルワイス」や「ベラドンナ」はよりドレッシーだし、
トゥーンドクター100をベースにしつつ袖と裾が短い「トゥーンドクター・ライト」や合わせがダブル仕立ての「トゥーンドクター双」、イタリアンカラー風になった「トゥーンドクター2」も格好いい。
さらにコミック的に尖ったデザインの「ヘルドクター」なんていうのもある。強そう。
新しいラインナップを見るたび可愛らしいし素敵だな、と思う。
(エーデルワイスのオリーブグリーン欲しかったけど即売り切れだった……)
でも、同時に、最初期の「トゥーンドクター100」が見劣りしないことにも驚く。
確かに後発のものよりシンプルなデザインではあるのだけれど、物足りないわけではない。必要な部分に必要なだけの意匠が凝らされていて、それで十分なのだ。
今年もほとんど毎日着ている。また来年「黒のロングコートはもう暑苦しいわよ」となるまで粘るだろう。
余談。
わたしの不注意でウエストベルトを紛失してしまったとき
ダメ元で上野屋さんに相談してみた。
「トゥーンドクター100」は売り切れ商品なので厳しいだろうなぁ、と思っていたのだが
なんと「完全に同じものは無理ですが、なるべく近い布地を探して仕立てますよ」と請け負ってくださった。
そして出来上がったのがこれ。
パッと見で違いが分からないどころか、よくよく見てもちょっと気付ける自信が持てない。
しかも年末に依頼して年始には仕上がり。
どうなってるの……とっても嬉しいけどお休みとれてます……???
それはそうと わたしは襟を直してから写真を撮れ。