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おまけ① 託された想い

託された想い

男は慣れないコンパスと地図を手に森へと続く道を歩いていた。
目当ての森にはついたものの入口が分からない。入口には杭があるからすぐに分かると聞いたが一向に見つからない。森に入る前に既に足が棒になっていた。あとどれ程歩くことになるのかと男は考えたくもなかった。
「時間がない」
目ぼしいあたりを何度か往復したのち、男は諦めて半ば強引にヤブに分け入った。やぶ蚊と羽虫を驚かせはしたが、少し進むと獣道らしき道に出た。
森は静かだった。
動物の気配が全くなかった。しかしなぜかずっとどこかから見られているような気がした。男は時々やってくる身震いで恐怖心を振り払った。
しばらく進むと、他とは種類の違う木が見えた。まだ若く幹は細い。
男はポケットをまさぐり、スマホを取り出した。
「ついてない」
さんざん道に迷っているうちにバッテリーが切れてしまっていた。これではスマホに保存した画像で確認することも、証拠となる画像を撮ることもできない。
男は電源を切っておくべきだったと悔やんだ。
ようやく見つけた木を前に男は迷った。
本当にこの木なのだろうか。ネットの画像で見た木によく似てはいるが本当にそうだろうか。
「しかたない。許してくれよ」
男はザックに差していた斧を振り上げた。
カーンと鋭い音が響いた。
斧を引き抜くとねばねばとした樹液が糸を引いた。切り口から溢れ出した樹液は、ゆっくりと幹を伝って地面に溜まった。
「やっぱりゴムの木だ!」
汗にまみれ達成感に充ち溢れた男の額をどこからか吹く風が冷やした。
男は噛みしめるように頷くと、来た道を引き返していった。
森は静かだった。

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潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)