秋の夜の匂いとタバコはあの恋の匂い
秋になるといつも思い出すことがある。
十数年前の話だ
電車を降りた。
電車の扉は閉まり、次の駅へと動き始める。
僕はポケットから定期入れを取り出した。
改札の機械に通す。
ガシャっと改札が開いた。
駅前のコンビニで晩御飯を買おうとのり弁当と麦茶をレジに持っていく、
すると、店員さんが必死に何か訴えていた。僕は何か問題があったのかと思い、耳からイヤホンを外した。
「何ですか?」
イヤホンからカシャカシャと大音量の「銀杏BOYZの若者たち」が漏れている。
店員さんは
「お弁当温めますか?」
と尋ねてきた。
僕は
「すいません、お願いします」
と言ってイヤホンをまた耳にはめようとした
すると、女性の店員さんが、
「銀杏BOYZ好きなんですね?そんなに音量大きかったら耳悪くしますよ」
とレンジにお弁当を入れながら言った。
「現実世界からの隔離です。聴いてると強くなれるんで」
そう言うと店員さんはくびをかしげ、袋に弁当を入れ、
「私も好きですよ。若者たち。ありがとうございました。」
と笑顔で商品が入った袋を手渡してくれた。ニコッと笑った。
僕は無言で受け取って、ちらっと名札を見た。
自動ドアを出て
「見たことない人やったな。井上さんってゆうのか・・・トレーニング中ってことは新人さんか」
とボソッとつぶやき、ポケットからタバコを取り出し火を着けた。
秋の夜は色んな匂いが混じりあって好きだ。この匂いの中にタバコの匂いも重ねていく。今日という日が終わりに向かっていくような感覚になる。
彼女と知り合いになったのは思いがけない
出来事だった。
僕が通っている大学の学祭フリーマーケットをしていたときのこと。
フリーマーケットは高校の時からよく行っていて出店してみたかったので応募したら当選したのだ。
僕は着なくなったバンドTやサークルのたまにするフットサル用に買ったサッカーチームのユニフォームを出していた。
サークルの模擬店もやらなければいけなかったが、フリーマーケットの方が楽しかったのでフリーマーケットブースにいることの方が多かった。
たまたまサークルの模擬店の方からフリーマーケットブースに帰ってくると、店番をしていた友達の玉井が、女性を指差して
「なぁなぁ。あの子」
「どうしたん?可愛い子見つけた?」
と冗談っぽく話す。
「いや、この銀杏BOYZのTシャツ欲しいって話かけてきたけど、渡邉おらんかったし、本人居ないから値段わからへんとは言うといた。また回ってくるんちゃう?たしかに可愛いらしかったわ」
「へー」
と相槌を打ってブースに座る。
「こんな銀杏BOYZってわけのわからないTシャツ欲しい女の子いるんやな。俺には良さが分からん。」
と玉井が言った。
「好きな人は好きやからな。漫画もアニメもそんなもんやん」
と言いながらケータイをいじってると、
「すいません」
と女性の声
顔を上げると、さっき玉井が指差した女の子。
僕は彼女の顔を見た瞬間
「え。」
とびっくりしてしまった。
井上さんだったのだ。
もちろん彼女は僕のこと覚えてなかったみたいで
「これいくらですか?さっき聞いたら本人居ないって言われて・・・」
と尋ねてきた。
「さっきその事聞きました。そのTシャツは1000円で売ろうと思ってましたけど」
と言うと
「欲しかったTシャツなんで買ってもいいですか?このアルバムのジャケット好きなんですよね」
アルバムとは君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命のことである。
「このTシャツすごい人気やったもんね」
もう銀杏BOYZ好きは仲間だと思い込んでしまう。自然と敬語では無くなってしまった。
「是非気に入ってくれて大事にしてくれる人ならお譲りしますよ。珍しいな、女の子で銀杏BOYZ好きなんですね」
と言いTシャツを袋にいれようとすると、
「兄が好きで、パソコンの中に入ってた音源勝手にiPodに入れて聴いてたの」
と膝に手をついて前かがみになった。
その瞬間少し、胸元がチラついたのを僕は見逃さなかったが気づかないフリをした。
彼女は続けて、
「最初は何これと思って聴くのをやめたんだけど、アルバムの最後の方まで聴くとめちゃめちゃいいやんってなってBABYBABYとか。」
「確かに。BABYBABYは名曲。殿堂入りやんね」
と彼女に気づかれないようにまた視線を胸元に持っていった。
僕は1000円札を受け取り、彼女にTシャツが入った袋を渡した。
「ここの学生?」
と僕が聞くと、
「そうだよ。外語で2回生」
「へー!1個下か」
自分のことは聞かれてないのに話す必要はないと思った。
「ありがとう。じゃあまた大学で会ったら銀杏BOYZの話でも」
と彼女は一緒に来ていた友達と合流し、ブースから去っていった。
僕は大学にサークルの女の子以外の知り合いがいなかったのでかなりときめいてしまった。
え?っていうか恋やんです。
てゆうか、地元のコンビニで働いていて、大学一緒で、銀杏BOYZ好きって、そんなことある?ないよ?が脳内を行ったり来たり。脳内お花畑。蝶々が飛んでいる。こんにちは。状態。
玉井に
「渡邉なんで連絡先聞かんかったん?バカなん?」
と言われふと我に帰る。
「彼氏おったりとか、別にそんなんじゃないしとかキモって思われたら嫌やん」
と僕はかなり女性には消極的な方だ
玉井が、
「ほんま渡邉って不器用やんなぁ。見てて可哀想。ええ感じの女の子やったのに」
とバカにしながら言った。
「多分やけど、あの子地元のコンビニで働いてる子やねん。こないだ弁当買ったときにも銀杏BOYZの話してさ」
驚いた顔で玉井が、
「え?マジで?地元一緒やん?」
「せやねん、運命ディスティニーやろ?」
と笑いながら答えた。
「ディスティニー過ぎるわ。付き合ったら大学一緒に来れるやん。これで渡邉も出席に困ることもないな」
と玉井も笑いながら言った。
「確かに。それやったら俺もちゃんと行くかも。まぁ彼女も同類でない限り」
玉井は
「さすがにそこまで共通点あったら、マジで運命ディスティニーやで」
「せやんなぁ。とりあえずまた会えたらええけどな」
僕はこのときめきで頭がいっぱいになった。パワプロで言うところの恋の病になった感じだった。
学祭の間はバイトを入れてなかった。
大学から帰る電車でまた僕は銀杏BOYZの若者たちを爆音で聴いていた。
大学に入ってから恋とは無縁だった。
学校、バイト、音楽、ライブの繰り返しの3年間。高校の時に1人だけ彼女が居たが、大学に入ってから音楽が恋人のようなものだと思って生きていたのだ。
学祭が終わり大学の授業が再開された。
僕はだいたい一限の授業に間に合わない。家から大学まで2時間かかる。一限に間に合うように行こうと思うと、6時半くらいの電車にのらなければならない。
大学に到着してもとりあえず喫煙所に行く。大学の1番奥の方にある大学からその辺りの街並みが見渡せる大学の中で1番お気に入りのところだ。
大学の奥だから結構歩かないといけない。
でもこの時間だと誰もいないのでゆっくりできる。ゆっくりしてはほんとはダメなのだが。
喫煙所に着きタバコに火を着ける。
ベンチがある喫煙所はありがたい。ゆっくり出来る。ちょうど紅葉シーズンで木々が赤く染まってなんとも言えない。
ふと、人の気配がした。こんな時はだいたい先生なのだが、目線をやると、井上さんだった。
「大学着いたらたまたま見かけて、話しかけたらイヤホンしてるし、スタスタ歩いていくし、この時間だったら遅刻やからそら急ぐかと思ったんだけど何学部なんだろうと思って後をついてきたら、こんなところに凄いいい喫煙所あるんだね」
って笑いながら彼女がベンチの僕の隣に座った。
「あれ?タバコ吸う人?」
と灰をポンと落として僕は尋ねた。
「そだよ。セッタ」
セッタとはセブンスターのことである。
「渋いの吸うんやな。見た目の割に」
僕は鼻で笑った。
「そうそう変わってるって良く言われる」
彼女もタバコに火を着けた。
「変わってるって褒め言葉じゃない?」
僕は彼女に言った。続けて
「変わってるって言われたいから変わったことをするんじゃなくて、自分が好きなものとか思想とか変わってるねって言われると嬉しいな」
もう少し話たいと思ったのでタバコの2本目にも火をつける。
「私は爆音で若者たちを聴いて現実世界から隔離したいって時点で変わってる人だなと思ったよ」
彼女はそう言うと、その後一吸いして煙をふぅーと吐き出した。
「え?」
心拍数が上がるのが分かる。
「覚えてたの?」
恥ずかしくて彼女を見れなくなってしまった。
「まぁ、話しかけても反応ないし、耳からめっちゃ音漏れててしかも銀杏BOYZだったし。なんやねんコイツって」
笑いながら彼女は言った。
銀杏BOYZって他のCDより音おっきいから爆音にすると凄い音になる。
「まさか大学一緒とは思わなかった」
「私もびっくりした」
彼女は笑いながら言った。
彼女の笑顔はほんとに可愛らしい。だんだん一限なんかどうでもいいやって思い始めてきた。
「一限でないの?」
「でないってか取ってない。私二限からだし」
ちょっと早めに来てゆっくりしてる出来る系の女子か!と思った。
「かしこいな。大学まで遠いもんね」
「それね。こんなことならもっと近いところにすれば良かったとほんとに後悔してる」
と彼女はタバコを吸い終わり吸殻を捨てた。
「井上さんでいいよね?」
僕は恐る恐る訊ねると、
「友梨でいいよ。井上友梨。2文字の方が言いやすいでしょ。」
「じゃあ、友梨ちゃんで。俺は渡邉啓太」
「ケータくんか、学部は?」
「学部は経済」
「済かー!経営かなと思った!」
「どっちもあんまり変わらへんやん。友梨ちゃんは何語なん?」
「私はドイツ語。ドイツ語しか受からなくって」
「ドイツ語とかあんまり使い道ないやん」
「無いなぁ。まずドイツ全く興味無いもんね。海外行くならインドだな」
遠くの風景を見ながら友梨ちゃんはそう言った。
「インド?世界遺産とか?」
「そそそ!写真が好きでね。インドの世界遺産撮りに行きたいの。だから来年行こうかなってバイト始めた」
「へー。じゃあカメラとかいいの持ってたりするの?」
「うん、これなんだけど」
といって彼女はバックパックから一眼レフカメラを取り出す。
「これNikonのD50ってカメラ!すごく気に入ってて、毎日これで何か撮ってる。ケータくんはイヤホンで現実世界からの隔離って言ってたけど、私はこれで世界の一部分を切り取るの。私がファインダーで覗いた世界がシャッターで切り取られるんだよ。めっちゃくちゃ楽しい」
趣味の話してる時の友梨ちゃんの笑顔はほんとに生き生きしていた。
「世界の一部分を切り取るんやー。友梨ちゃんのその考えで写真撮ったら楽しそう」
僕はそこまで写真には興味無かったがコンデジで良く写真を撮っていた。
サークルの思い出写真とか撮るくらいだった。
友梨ちゃんは色々とカメラで撮った何気ない風景写真を見せてくれたが、僕はそれよりももっとこの時間が続けば良いなと思っていた。
すると、一限の終わりのチャイムが鳴った。
ゲームセットだ。
友梨ちゃんは
「あ!じゃあ授業行くからまたね」
とカメラをバックパックにしまい外国語学部の建物に歩いていき振り向いて僕に手を振った。
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