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【短編小説】 春の夜(2200字)

 理解がある人だった。
「あなたの気持ちは分かる。僕も同じ境遇だった」

 それ以上、突っ込まない。何も知りたくないし、どうなることでもなかった。もう何も変わらない事だけは確かだ。先生の言葉を額面通り受け取らないし、もはや授業でもない。

 それに「あなた」と言った。この三年間は嫌と言うほど親しみを込めて、生徒を下の名前で呼んでいた。一人ずつ。少年、少女。気安く虚構の誰かのように。疎ましく嫌がる人もいた。「身の毛がよだつ」と僕に伝えた、感性が豊かな友。
 僕はむしろ嬉しかった。何故かは分からない。

「未来はあなたが決める。一つ一つの選択が未来を形作る」

 想像せず、これまではなかった。
 ベルトコンベア式の道のり。与えられた問題とその解答。親にそんなことを述べた。伝えたいのは違った。言いたいのは、主張したいのは全く別の文脈だった。

 いつかの自由が今、消えていた。長らく感じなかった、風を裂く夕方、あの音はもう聞こえない。待ちわびる夕飯と後の夜の匂いは訪れない。
 ここに含まれ、続いていくという感覚。 

 社会の障害を、勝負の末の選別を乗り越えない限り、未来はないのか?望んでいたそれは。
 だが「いかに苦しまずに生きるか、そして、死ぬか」それだけが頭に沈殿する。
 持続する悩みの影。

 
 革張りのソファ。職員室の一角、タバコの匂い。夜、明かりが点る。誰もいない机。先生とサシで話す。春、異なる位相にある。僕が誰にも会いたくないだろうから、と配慮してくれたそうだ。

「高校時代、」と彼は言う。
「弓道をしていた。中学では野球をしてたことは伝えたよな?」
 機械的に軽く頷く。
「個人競技をしたくなった。原因と結果が自分次第ってことが気に入った。何も言い訳できない。結果の全てを受け止められる。いや、自分が結果に受け止められる感覚が尊い。世界と密に関わっている感覚。ただ弓を引き、的を見据えるだけなのに」
 
 それでも話を聞くのが好きだった。個人的な事柄を話す大人を他に知らない。どれだけこの話が楽しいか、つまらないかも判断がつかなかった。

「弓道部ってあるんですか」
 声は平静さを見せる。
「この近辺にはないな」と先生は答える。
 的外れな質問だ。
「やりたいのか?」
 彼は瞳を覗き込む。

 目を伏せた。分からない。
「環境はこれからいくらでも変えられる」

 僕は諦めた。一瞬の気持ちを言葉に出来なかった。ひどく甘えた、恐れていた。だから、全てをそのままにする。「甘えと言う言葉は日本にしかない」と尊敬する作家が述べていた。
 だから、なんだって言うんだ。
 これは変えられない。

 
 ガラス張りを眺める。グラウンド。幾つかの外灯の、弱く小さな光が貧しい青春を照らす。じっと外を眺めた。

「無理することはないぞ」と先生は言う。
 問い返す。「無理?」強い口調。
「高校行って無理して野球続けることない」

 もう、他に何もないと思う。

「勉強しろって?」
 彼は苦笑する。「無理することない」とまたも断言する、呪文のように。
 僕は前を見据えた。姿勢だけは忘れない。

「タスク」と先生は呼ぶ。

 微かに首を振った。否定した、何が無理か、自然かは分からない。高校に落ちて、勉強に見切りをつけて、後は馬鹿みたいに体を動かそうか。やがて来る現実における試練のために、これから心と体を鍛えようか。

「無理って?」と僕は呟く。「よく言えますね。せいぜい、いつも、強制して、強いてきたのに。そうですよね」
 無言でこちらを見る。何故か僕は涙ぐむ。
 自分で分かる。伝わらない思いは存在を悲しませる。

「僕は負けました。それほど、優秀じゃないと知った。いや、全然です、井の中の蛙もいいとこだ。勘違いして、田舎で粋がっている平凡な人間だって分かりました。他の馬鹿にしている連中と相違なかった」
「そんなことない」
「皆と同じが教育?ここから抜け出したいと欲望するのは?下らない話題しかない連中を馬鹿にするのは?」
 泣いていた。自分でも分かっていた。
 声を絞り出した。

「ここにないものを望むのは?」
 それが何か一つも分からずに。

 萎んで、嗄れて、壊れていく。
 それが存在だった。暫しそうしていた。


「ここみたいに壮大な山脈ではなくて、もっと生活に根差した裏山だった。土地にも人間関係も、密接に結び合わされた。思春期は窮屈。どこにもお前は行けないと言われている気がしてな。脅迫されているみたいに、この外側は何もないと、そう信じ込まされた」

 夢見る頃を過ぎれば、というタイトルが脳裏に過る。読んだことのない本。どこかで見かけた筈、およそ僕の知る本棚に。

「海を越えていこうとか、フロンティア精神は僕にはなかった。祖父が立派な人だったからね。こう言うのも手前味噌だけど彼を模範にした。十代後半になってもずっと、今も。人との接し方、身のこなし、所作から、生活習慣、言葉遣い。成れの果てがこれだ。随分、遠くまで来たものだ」

 親しみを感じさせる笑みだった。
「何が言いたい」
「なんもさ」と彼はなおも笑う。「無理するなということ、第一には。第二に、全ては」と彼は自分の胸を二度叩く。
「全てはここにある」
 だから、
「大事にしろ」

 紋切り型の言葉に反発し、無視する。しかし、見過ごされた何かは後を付いてきた。帰りは久々に歩いた。

「アメリカでは児童を歩いて帰宅させるのも虐待だそうだ」
 そう先生は言う。
「児童じゃない」と少し睨む。
 先生は笑っていた。

 何かが変わった。
 許したのかもしれない。
 誰をも、何をも、あの時は知りもせず。

 若者は元いた場所に帰っていった。明日は分からない。それだけが分かる。

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