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小説『森沢書店ものがたり』(試し読み)

12月1日の文学フリマで、初めて小説を書きました。テーマは書店で、ゲストで参加します。わたしは、『森沢書店ものがたり』というお話を書きました。小さな書店の店長の孫の中学1年生の亜衣が、小学生のときからの友人の美緒とすれ違ってしまうお話です。児童書よりはやや上の、中学生くらいの子どもに向けて書きました。

何ぶん初めて書いた小説なので、拙い部分もあるかとは思います。なので、試し読みでまず「どんなお話か」を楽しんでいただければと思います。文学フリマでの会場以外での、通販等については決まり次第追記でお知らせします。

それでは、亜衣と美緒の物語をお楽しみください。もし、「続きが読みたい」と思っていただける方がいましたら幸いです。

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『森沢書店ものがたり』 (試し読み)

カラン、とベルの音がして入り口の扉を開くと、女性の店員さんが「いらっしゃいませ」と柔らかな声で迎えてくれた。
 ちょうどお気に入りの窓際の席が空いていたので、美緒と二人でそこに腰かけた。期末試験も終わって、あとは終業式を迎えるだけの十二月の商店街は、あちらこちらにクリスマスの飾りつけがされていた。ここ、喫茶店・ばろうずも、クリスマスツリーなどが飾り付けられていて、木を基調にした店内の雰囲気とぴったりだった。
「もうすぐ、冬休みだね。今年も、色々あったよね」
 色々なことが浮かんで、つい目を細めてしまう。
「亜衣は、メニュー見なくていいの?」
 メニューを見ていた美緒が尋ねてくる。
「わたしは、断然、オムライス! 外が寒かったから、よけいにおいしく感じそう」
「わたしも、亜衣と同じにしようかな。ここに来たら、オムライスが定番だよね」
 美緒は、にっこり笑った。
 こうしていると、お店の暖房だけじゃなくて、あたたかなものに包まれていくのがわかる。もしあのとき、勇気を出せていなかったらどうなっていただろう。でも、間に合うことができた。そのきっかけをくれたのは大好きな『赤毛のアン』の本と、かけがえのない祖父の言葉があったからだ。

 祖父は、いつも紙の匂いのする場所に立っていた。その場所は、森沢書店という。
 
 気づくと、駅前の商店街の近くまで来ていた。うつむいたまま歩いていたせいか、いつの間にか通い慣れた方角へ進んでいたのかもしれない。普段なら私服に着替えてから通る場所を、中学の制服のまま歩くのには迷いもあったけれど、そのまま足を進める。
 駅前の商店街のその先の、駅から歩いて七分くらいの曲がり角に、そのお店はある。コーヒーの香りのする喫茶店と、色とりどりの花があふれる花屋さん。その真ん中にあるのが、わたしが目指している本屋、森沢書店だ。

 自動ドアが開くと、「いらっしゃいませ」といつもの女性の店員さんの声が迎えてくれる。わたしに気づくと、笑みを迎えたままレジ越しにこちらを向く。
「学校の帰り?」
「はい、ちょっと寄りたくて」
「店長なら、今は二階にいるわよ」
「ありがとうございます」
 そんなやり取りを交わしながら二階に向かう。森沢書店は二階建てのこぢんまりした本屋で、一階には雑誌や実用書や単行本や文庫が並んでいる。二階にあるのは、児童書や学習参考書、コミックなどだ。飴色の棚、板張りの床、いつも適度に空調が効いていて居心地の良いお店だ。
 
 二階に上がると、児童書の棚のところに店長、わたしのおじいちゃんがいた。白髪混じりのグレイヘアに眼鏡、濃い目のブラウンのエプロン。細身の体に、本を何冊も抱えている。おじいちゃんは、わたしに気づいた。
「亜衣、おかえり」
 笑顔で声をかけてくれると、それまでの緊張が嘘のように肩の力が抜けるのがわかった。
 店長の森沢慎太郎は、わたし、森沢亜衣のおじいちゃんだ。このお店は、店長と二人の店員さんだけでやっていて、人手が足りないときは親戚の叔母さんが手伝っている。小さな頃から通っているお店で、大好きな場所だ。
「ただいま」
「学校帰りに、どうしたんだい?」
「ううん、ちょっと寄りたくなって」
「そうか」
 棚にある本を、ぼんやりと眺める。『赤毛のアン』、『小公女』、『若草物語』。どれも好きで、繰り返し読んできた。ふと、『赤毛のアン』を見たとたんに苦い思い出がよみがえる。
「何か、あったのかい?」
 おじいちゃんが訊ねてきたけど、仕事中に時間を取らせるわけにいかない。
「ううん、何でもない。でも、ありがとう」
 そう早口で言うと、「お仕事中にごめんね」
と手早くお店を出る。おじいちゃんの心配そうな視線が、投げかけられたのがわかった。 本当は、おじいちゃんに聞いてほしいことがあった。でも、上手く説明できる気がしなかった。

 翌日、モヤモヤした気分のまま学校へ向かう。わたしたち一年生は、まだ制服に着られているようでどこか落ちつかない。周りを歩く二年生や三年生が、ひどく大人っぽく見える。 すると、見慣れたショートヘアの女生徒が目に入った。
 そこには、美緒がいた。
 美緒は、無言のままこちらを見ると立ち去った。松原美緒。小学五年生のときからの友だちだが、今は口も聞いてもらえない関係になってしまった。その理由も、わからない。ある日突然、そうなってしまったのだ。
 美緒と知り合ったのは、小学五年生のクラス替えがきっかけだった。松原美緒と、森沢亜衣。名前の順で席が決められていたので、同じ班になった。家が近かったこともあって、次第に仲良くなっていった。
 ショートヘアに屈託のない笑顔、スポーツが得意で面倒見もよくて、この子と仲良くなれてよかったと思った。でも一番の理由は、他にあった。

 初めて、美緒の家に遊びに行ったときのことだ。美緒には、二歳歳上の真奈というお姉さんがいる。美人で髪が長くて成績も良くて、とても優しいけど怒ると怖いらしい。驚いたのは、美緒とお姉さんの共同の部屋にあった本棚の大きさと、そこにみっしり並んだ本の数だった。
 わたしが大好きな『赤毛のアン』も『小公女』も『若草物語』も、岩波少年文庫もたくさんあって、お姉さんの私物と思われる辺りには、大人が読むような文庫本も置かれていた。
「すごいね!」
「そんなことないよ」
 美緒は、照れくさそうにしながらも嬉しそうだった。
「亜衣ちゃんも、本が好きなの?」
 おずおずと、美緒が聞いてくる
「うん! おじいちゃんが、本屋さんをやっててるんだ。わたしも美緒ちゃんと同じで、『赤毛のアン』は講談社青い鳥文庫で持ってるんだよ」
「本屋さん、やってるの? いいなあ、わたし本屋さん大好き。どこにあるの?」
「駅前の商店街の先にある、森沢書店っていうところなんだけど知ってるかな」
「知ってる!  隣に花屋さんがあるところだよね。一度、行ってみたかったんだ」
「なら、一緒に来る?」
「うん!」

 お互いの家を行き来するくらいに仲良くなって、夏休みはたくさん遊んだ。わたし達は公立の中学に通う予定で、二人とも成績も悪くはなかったから、本を読んでいても両親にとがめられることもなかった。六年生になる頃には、名前も呼びすてで呼び合っていた。
 美緒とは、たくさん本の話をした。『赤毛のアン』なら、誰が好きか。わたしはアンで、美緒はマシュウが好きだと口にした。
「どうして?」
 そう聞くと、アンが憧れていた、ふくらんだ袖のあるドレスを贈るシーンが好きなのだと照れくさそうに語った。わたしがいちご水のシーンが好きだと言うと、
「あのシーン、わたしも好き!」
と盛り上がった。
 アンが親友のダイアナをもてなしたとき、いちご水のつもりでお酒を飲ませてしまい、以来ダイアナのお母さんから二人の仲を切り裂かれてしまったのだ。でも、ダイアナの小さな妹の危機をアンが救ったことで、二人はふたたび無二の親友になる。
『若草物語』に関しては、わたしも美緒も断然次女ジョーがお気に入りで、苦手なのは甘ったれなエイミーだった。ジョーは作家を目指しているさっぱりした性格で、何となく美緒に似てるなとこっそり憧れていた。
 美緒と出会うまでは、教室に友だちはいても、深い話はできなかった。クラスの誰が嫌いだとか、悪口を言う子もいた。
「亜衣ちゃんも、そう思うでしょ?」
 そう言われるたびに、どうしていいかわからなくて曖昧にごまかしていた。かと思うと、クラスの男子の誰が好きとか、アイドルの誰がかっこいいかとか、そんな話ばかりしていた。本当は教室や図書室で本が読みたかったけど、「暗い」と思われそうでできなかった。
 でも、美緒は違った。人の噂話や悪口を好まず、誰かがそういう話をしていると、自然に話題を変えてしまうのだ。わたしは、美緒のそんなところが大好きで誇らしかった。
 
 そうやって夏が過ぎ秋が過ぎ、冬になり春のはじまりとともに小学校の卒業生を終えて、公立の中学に入学した。美緒が変わってしまったのは、それから少し経った頃だった。
 残念ながら美緒とクラスは別れてしまったものの、同じ図書委員だった川上さんと同じクラスになったこともあって、グループにも入ることができた。
 委員は保健委員に入り、部活は読書クラブにした。担任の田中先生は、まるでお母さんみたいに優しい先生だった。川上さんも読書クラブに入り、先輩達も優しくて、部活の時間はいたって過ごしやすかった。心配していた中学生活が穏やかなはじまりでホッとしたわたしは、美緒の変化にすぐ気付けなかった。

 わたしは一年一組で、美緒は三組になった。 体育の授業で合同になることもなくて、美緒が小学校のときと同じバスケ部に入ってからは、部活の関係で登下校もバラバラになってしまった。
 最初に、美緒の変化に気づいたのはいつだったろう。たぶん、五月のゴールデンウィークの後くらいだったと思う。体育館に向かう美緒を見かけたので、声をかけようとした。
 けど美緒は、強ばった顔で唇をかみしめて遠ざかっていった。そのすぐ隣を、けたたましい女生徒たちの笑い声が通りすぎていった。     どうしてか、かすかな不安がよぎった。

 決定打になったのは、その少しあと、日曜日に図書館に行った帰り道のことだ。ビブリオバトルをテーマにした面白そうな本を見つけて、自宅への道を急いでいたとき。部活帰りなのか、ジャージ姿の美緒と出会った。
「美緒!」
 会えたのが嬉しくて駆け寄ると、美緒は少し強張ったような顔になった。そのまま、わたしが抱えているかばんに目をやる。
「部活の帰り? いつも、頑張ってるんだね。わたしは、今図書館の帰りなんだ。あのね、面白そうな本を見つけたんだよ」
 かばんから本を取り出そうとすると、悲鳴のような声でそれをさえぎられた。
「いらない」
「美緒……?」
 こんな声を聞くのははじめてで、どうしていいかわからずに戸惑っていると、美緒はさらに大きな声で続けた。
「本なんて、いらない! わたし、本なんて好きじゃないから!」
 叫ぶように言うと、美緒はそのまま立ち去った。その足音が完全に遠ざかると、風が肩まで伸びた髪の毛をそよがせる。目尻に、じんわり涙が浮かぶのがわかった。ごし、と左手で目元をこする。どうしてかは、わからない。 けどわたしの何かが、美緒を怒らせてしまった。嫌われてしまったのかもしれないと、そのとき思った。

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ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。販売については、X(@hatano_natuki)のアカウントでも告知させていただきます。初めて書いた物語を、かわいがっていただければ嬉しいです。

【追記】(2024年12月30日追記に追加修正)
12/1の文学フリマのブースが「こ-14」に決定しました!当初は売り子を数時間行う予定でしたが、そちらが免除となり、また諸事情のためスペースには在席しない形となります。申し訳ありません。ですが、当日会場に少しだけ足を運ぶ予定となっています。

通販については、月代零様のXのポストをご確認お願いします!!


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