波多野七月

本のある場所と、猫が好きです。元書店員。本にまつわることや、これまで働いてきた本屋でのエピソード、ちょっとした身の回りのことなども書いていきます。お読みいただけたら、幸いです。(※波多野彩夏より、アカウント名を変更しました)

波多野七月

本のある場所と、猫が好きです。元書店員。本にまつわることや、これまで働いてきた本屋でのエピソード、ちょっとした身の回りのことなども書いていきます。お読みいただけたら、幸いです。(※波多野彩夏より、アカウント名を変更しました)

最近の記事

小説『森沢書店ものがたり』(試し読み)

12月1日の文学フリマで、初めて小説を書きました。テーマは書店で、合同誌となります。わたしは、『森沢書店ものがたり』というお話を書きました。小さな書店の店長の孫の中学1年生の亜衣が、小学生のときからの友人の美緒とすれ違ってしまうお話です。児童書よりはやや上の、中学生くらいの子どもに向けて書きました。 何ぶん初めて書いた小説なので、拙い部分もあるかとは思います。なので、試し読みでまず「どんなお話か」を楽しんでいただければと思います。文学フリマでの会場以外での、通販等については

    • 教室の中

      不登校の生徒が、35万人をこえたというネット記事を読んだ。すべてがいじめが原因ではないかもしれないが、その大半がいじめであるだろうことはたやすく想像がつく。そしていじめについて思いを馳せるとき、わたしはある一人の少年を思い出す。どこでどうしているかもわからないが、わたしにとって、かけがえのない恩人の一人だ。 わたしは、小学生の頃からいじめにあっていた。髪は癖毛でうねり、それを黒のヘアゴムで2本にくくっただけのボサボサの頭をしていた。当時、何とかしようとハードタイプのヘアムー

      • 書店が消えた日

        2024年8月18日、書店が消えた。正確に言うと、百貨店のなかにあるフランチャイズの書店が館ごと閉店した。なので、書店ではなくて書籍売り場の閉店ということになるのだろう。だが、私は自分がいた場所のことを書店だと思っている。そこで働いていたスタッフのことは百貨店の従業員ではあるが、同時に仲間のことを「書店員だった」と今でも思っている。 書店がオープンしたのは、今から8年前の1996年8月のことだ。私はもともとある書店チェーンに勤めていたが、1992年3月にテナントとの契約上の

        • 店長のいない店

          「名札がローマ字だと、名前がわかりにくいんだよねえ」 レジで会計をすませたおじいさんが、残念そうにしみじみと口にした。店員の安全を守るためにも、むしろそれが狙いなのだが、このおじいさんにとっては「店員の名前を呼ぶのは友好のしるし」の気持ちがハッピーセットのようになっているに違いない。 私が、今の職場に勤めてから何年経ったか定かではない。以前こそ、「あら、書店ができたの?」「はい、○年前にできたんですよ」といったやり取りを客としていたのだが、最近ではそれもなくなり、自分が何

          推しを決めた日。

          初めて推しができたのは、2021年8月に放映された『准教授・高槻彰良の推察』というドラマがきっかけだった。私はその原作である小説の一巻が出たときからの大ファンで、「ドラマ化する」と知った瞬間に歓喜の声を上げたのを今でも覚えている。 『准教授・高槻彰良の推察』(澤村御影/角川文庫)は、人の嘘を聞き分ける力を持つ孤独な大学生・深町尚哉と、怪異に目がない民俗学の准教授・高槻彰良の凸凹コンビのいわゆるバディ物だ。 私はある理由から尚哉の孤独にひどく共感し、「どんな人が、尚哉を演じ

          推しを決めた日。

          『大好きな本』(川上弘美/文春文庫)

          何度も栞を挟んでは別のページにそっと差し込み、気になった本を紹介している箇所にピンクの付箋をつけていたら、付箋だらけになってしまった。 川上弘美という名前を聞いたとき、真っ先に思い浮かべるのは何だろう。あまりにも有名な『センセイの鞄』が浮かぶのはもちろんだが、私はそっとこの『大好きな本』を差し出したいのだ。 それにしても、川上弘美の言葉は何と美しいのだろう。たとえば、29ページ。須賀敦子の『遠い朝の本たち』を紹介するくだりのなかに、次のような文章がある。 〈思春期の読書

          『大好きな本』(川上弘美/文春文庫)

          『センチメンタルリーディングダイアリー』(@osenti_keizo_lovinson/本の雑誌社)

          まず、羞恥心が訪れ、続いて居たたまれなさに床を転げたくなった。もし私が男性だったなら、そして本を読むだけでは飽き足らず、読んだ本たちを「紹介したい」という思いに駆られていたら、きっとこういった赤裸々なコメントを寄せていただろう。 いや、現在も赤裸々な文章を載せてはいるのだが、あいにくとこの方のような「エモさ」からははるか彼方のため、このように書くこと自体ひどく失礼なのかもしれない。 何しろ、インスタグラムのアカウント名が「@osenti_keizo_lovinson」であ

          『センチメンタルリーディングダイアリー』(@osenti_keizo_lovinson/本の雑誌社)

          『すべて真夜中の恋人たち』(川上未映子/講談社文庫)

          すき、という言葉を並べてみる。恋だとか愛だとかそういう名前を当てはめてしまうと、どこか違う気がする。 入江冬子は、フリーの校閲者の三十代の女性だ。大学を卒業後に小さな出版社で校閲の仕事に就いていたが、人間関係が理由で息苦しい毎日を送っていた。そんなときにフリーの仕事を紹介され、それをきっかけに会社を辞めフリーの校閲者となった。 現在は大手出版社の校閲局に勤める石川聖から仕事を回してもらい、ほぼ誰とも口をきかなくても、一日が終わってしまうような孤独な生活を送っている。 友

          『すべて真夜中の恋人たち』(川上未映子/講談社文庫)

          『死にたいって誰かに話したかった』(南綾子/双葉文庫)

          登場人物のうち、「誰が好きか」と言われたなら申し訳ないが誰も好きにはなれない。何故なら、そこに自分のかつてのしでかしや、学生時代などに辛かったことなどが赤裸々に描かれているからだ。 強いて上げるなら、一番近いのは四人の語り手のうちの奈月だが、職場での空回りぶりが他人事に思えず、痛々しくて見ていられないというのがある。 この作品のメインとなるのは、四人の人物だ。つねに空回りして、周りから浮いている医療事務の呉田奈月。若くして薄毛に悩む、女にもてない清掃員の郡山雄太。 奈月

          『死にたいって誰かに話したかった』(南綾子/双葉文庫)

          『優しい密室』(栗本薫/講談社文庫)

          〈十七歳のとき、わたしは「みにくいアヒルの子」だった〉 冒頭の一行に出会った瞬間、「これは、私のための物語だ」と思った。読み進めれば読み進めるほどに、その思いは強くなった。 語り手の〈私〉は、高校二年生の森カオルという女生徒だ。陰気で目立たないやせっぽちの少女で、文芸部に所属しており、周囲には内緒で小説を書いて投稿している。唯一の親友であるトウ子というミーハーな少女で、何かとクラスメイトの噂話に興じている。 カオルのクラスには、ひと際目立つ女生徒が二人いた。一人は、東美

          『優しい密室』(栗本薫/講談社文庫)

          『27000冊ガーデン』(大崎梢/双葉社)

          舞台は、神奈川県立戸代原高校の図書館。冒頭は、学校司書である星川駒子(ほしかわ•こまこ)と、駅前のユーカリ書店の男性店員の針谷敬斗(はりたに•けいと)のやり取りから始まる。 出入りの書店員である針谷から、駒子が注文した本を受け取る場面なのだが、伊吹有喜の『犬がいた季節』や青山美智子の『お探し物は図書室まで』といった、本好きにはおなじみのラインナップに、思わず笑みがほころんでしまう読者もいるだろう。 そこへ、よく図書館を利用する二年C組の生徒の今井聡史が、「先生、大変なんだ

          『27000冊ガーデン』(大崎梢/双葉社)

          『完全版社会人大学 人見知り学部卒業見込』(若林正恭/角川文庫)

          突然だが、わたしはお笑いがまるでわからない。賑やかなものが苦手というのもあるが、「誰かが笑われたり、いじられる」というのがどうにも耐えられず、長いこと遠ざけてきた。その理由について語ろうとすると、軽く5000字は超えるので、この場では割愛したい。 そんなわたしが、お笑いタレントである若林正恭さんの書いたものを読んでいる理由は、ただひとつ。推しの存在だ。King & Princeというグループのメンバーの一人である、髙橋海人くんが出演した『だが、情熱はある』というドラマで若林

          『完全版社会人大学 人見知り学部卒業見込』(若林正恭/角川文庫)

          『純喫茶トルンカ』(八木沢里志/徳間文庫)

          お守りのように、繰り返し読み返している言葉がある。それは、『純喫茶トルンカ』(八木沢里志/徳間文庫)の一節だ。 この物語と初めて出会ったのは、2013年11月のことだ。大げさでも何でもなく、軽く10回は読み返している『森崎書店の日々』(小学館文庫)の八木沢里志さんの新作が出ることを知り、そそくさと買って読み始めた。 当時の私は勤めていた書店がテナントとの契約で閉店となり、その書店の関連会社に勤めていた時期だったと思う。それまでとは勝手の違う仕事に難儀し、放り込まれた人間関

          『純喫茶トルンカ』(八木沢里志/徳間文庫)

          『れもん、よむもん!』(はるな檸檬/新潮文庫)

          ページを開き、そこに綴られている言葉をもくもくと読む。本好きを多少なりとも自認する人ならば、思わず頬を高揚させ、ため息をつかずにはいられないだろう。自分がどんなふうに本と出会い、どんなふうに一冊の本を繰り返し読み、どんなふうに新たな作家と出会っていったか。そんな、本との蜜月の日々に思いを馳せずにはいられない一冊となった。 最初にこの『れもん、よむもん!』と出会ったのは、たしか単行本のときだった。刊行されたのは、平成26年9月。おそらく、いつも通いつめている図書館で出会ったの

          『れもん、よむもん!』(はるな檸檬/新潮文庫)

          『ラブカは静かに弓を持つ』(亜壇美緒/集英社)

          「どんな物語だったか」を語ろうとすると、とたんに手が空をかすめてしまう。「心が動く」というのは、きっとこんな小説と出会った瞬間を言うのだろう。 上司の命令で音楽教室に潜入捜査することとなった、孤独な青年・橘。彼はある過去を抱えており、睡眠もままならず睡眠外来に通っていた。チェロ講師の浅葉の生徒となるのだが、やがて彼の演奏に魅了され、自分自身もまた再び音楽の魅了へとのめり込んでいく。 偽りのはずの人間関係のなかで優しさに出会い、孤独だった橘の世界は変わっていく。心に響く、圧

          『ラブカは静かに弓を持つ』(亜壇美緒/集英社)

          『サキの忘れ物』(津村記久子/新潮文庫)

          友達というのではないけれど、教室の中で「一人で浮く」ことが怖くて、クラスメイトと楽しくもない話に頷いたことがある。この『サキの忘れ物』(津村記久子)を読みながら、ふとそんなことを思い出した。 主人公の千春は、高校を中退した十八歳の少女だ。病院に併設された喫茶店で働いており、そこには頻繁に高校時代の友人・美結(みゆ)が訪れては、スマホやモバイルバッテリーの充電をしながらけたたましく騒いでいく。店側が提供している充電用のコンセントではなく、店内のランプの電源であるコンセントに、

          『サキの忘れ物』(津村記久子/新潮文庫)