死が近くにあることが安心感 まもなく世を去ることは明白で この世に言い遺すこともべつに無いから ただ安心していれば残りの期日は過ぎてゆく 来年の夏はたぶん存在しないから 今年の夏はみんなに会いに行こう! と、先月は思っていたが 2024年6月現在 すでにそれさえもめんどくさい
思考が現実を創っているのだから (思考→現実) 現実世界での金銭状態だって あたしが自分で創っている 労働(=行動)でお金を稼ぐのではなく 思考によって創造するのだ! (思考→現実) 過去を振り返ると 『お金が無い』っていう自作自演の演劇を ずいぶん愉しんできたんだって分かる
すでに終わりかけているのか それとも新しい始まりなのか 地理感覚がまるで無い どんな場所だって単に『ここ』 時間感覚はかろうじて残っているが それは連続投稿があるから noteから引退したら 時間感覚も消失 天変地異だろうと核戦争だろうと 死ぬのはこの身体だけ、あたしじゃない
思考と感情によって現実を創造するのに 意外と重要なパラメータは 『どのくらい本当に』 この世は幻影であると分かっているか 座学として 量子力学的に物質世界は実在しません じゃなく、 具体的体感として この世は幻影、中身無さすぎ、つまんない! これがアセンデッドマスター入門資格