これまでビッグデータとして利用されていたのは、主としてSNSから得られるデータでした。それに比べて、マネーの利用履歴はより詳細で正確なデータです。これを利用して、様々な新しいサービスが作り出されています。
担保がないためにこれまで融資を受けることのできなかった自営業者や零細企業が、信用スコアを用いることによって、融資を受けられるようになりました。
最近の中国の電子マネーは、QRコード決済の次の段階である「顔認証」に進みつつあります。利用者がカメラに顔を見せれば、支払いができるのです。これによって店舗の無人化が可能になります。中国の電子マネーは、日本のそれに比べて何段階も先を行っています。
中小零細企業、農民、低所得層、貧困層、身体障害者、高齢者など、従来は金融サービスを受けられなかった人々が、金融サービスにアクセスできるようになることを、「金融包摂」(Financial Inclusion)と言います。信用スコアリングがもたらした変化は、「金融包摂」の典型例です。
中国は、通信手段とコンピュータにおいてリープフロッグし、そのためにeコマースでリープフロッグし、さらにキャッシュレスでリープフロッグしたということになります。
中国は、固定電話や大型コンピュータの時代を省略して、いきなりインターネットとスマートフォンの時代に飛び込んだのです。固定電話のためには膨大な投資が必要ですが、それらの大部分を省略したのです。
「リープフロッグ」という概念は、「蛙跳び」という意味です。 「後から遅れて来たものが、前にいるものを飛び越えて、それより先にいってしまう」ということです。 後発国が先進国よりも新しい技術を採用し、そして先にいってしまうのです。
中国では、中国移動通信(チャイナ・モバイル)など国有の通信大手3社が、2019年11月1日に、北京や上海などの国内50都市で、5Gの商用サービスを開始しました。
収入や年齢、勤務先などの個人属性と、サービスの利用状況によって、特定の人に点数をつけます。AIがビッグデータを用いて特定の人の属性を推定することを「プロファイリング」といいますが、信用スコアリングはその一種です。
固定電話では、eコマースはできません。これは、インターネットによって初めて使える仕組みなのです。
その一つに、アリペイが2015年1月に始めた「芝麻(ジーマ)信用」という信用スコアリングがあります。これは、個人がどの程度の返済能力を持っているかを評価するものです。
中国は、マネーの分野においてリープフロッグしたのです。中国のリープフロッグは、マネーに限ったことではありません。 ITやコンピュータサイエンスで、アメリカが長らく世界一の地位を占めていました。 しかし、いま中国が、アメリカを飛び越えて世界一の座に就こうとしています。
電子マネーには匿名性がありません。このため、アリペイなど電子マネーサービスの提供企業には、膨大なデータが集まります。このようなデータは、「ビッグデータ」と呼ばれます。
多くの中国の人たちが最初に使った現代的通信手段は、スマートフォンだったことになります。そして、スマートフォンが利用できたためにeコマースが発達したのです。
日本ではやっとQRコード決済の電子マネーが導入されたところですが、中国では、アリペイやWeChat(ウィーチャット)ペイという電子マネーが広く使われており、すでに利用者がそれぞれ10億人を超えています。
これは、米アマゾン・ドット・コムの四半期の売上高を上回るものです。また、日本のイオンやセブン&アイHDの半年分の売上高を上回ります。2020年には期間を拡大し、過去最高となる4982億元(約7兆9000億円)に達しました。
現在、中国のeコマースは、きわめて大きな規模になっています。eコマース最大手の阿里巴巴(アリババ)は、毎年11月11日の「独身の日」に大々的なセールスを行なっていますが、2019年には、一日の売上高が2680億元(約4兆1000億円、約384億ドル)にもなりました。
華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)などが基地局を提供しており、世界最大の5Gネットワークになるとみられています。スマートフォンも、5Gサービス開始に合わせた機種が提供されます。 この面で、中国は、アメリカや日本を抜いています。典型的なリープフロッグが起きているのです。
移動体通信の世界はさらに進歩しようとしています。とくに重要なのは、5G(第5世代移動通信システム)です。 これは、超高速・大容量通信によって、産業やライフスタイルを一変させるといわれます。
タオバオでの決済の手段として導入されたのが、アリペイという電子マネーでした。これがその後、リアル店舗での決済や公共料金の支払いなどに使われるようになったのです。
新しい技術さえあれば必ずリープフロッグができるかというと、そうではありません。新しい技術を収益化するビジネスモデルが必要です。 このことは、とくにインターネットのような情報関連の技術について顕著です。
「電子マネー」という新しい技術が登場したため、小切手やクレジットカード、あるいは口座振替やATMという手段を使うことなく、電子マネーの利用が一挙に拡大したのです。つまり、日本やアメリカが辿ったプロセスを「飛び越えた」ということになります。
ミン・ゾン『アリババ』(文藝春秋、2019年)によれば、2011年において、一人当たりの小売り面積は、アメリカが4・2平方メートルであったのに対して、中国では1・2平方メートルしかありませんでした。
中国は、日本やアメリカが通ってきたのと同じ道を辿り、そして日本やアメリカを追い抜いたわけではないのです。「中国で電子マネーが普及しているのは、銀行のシステムが発達していなかったからだ」と言うことができます。
全国的な広告、全国的な配送網、全国的な消費者向けの物流サービスは存在しなかったのです。社会主義経済が長く続いたことから、こうした状態になるのもやむを得ないことだったでしょう。 このような状態にあるところに、eコマースが導入されました。それを行ったのは、馬雲(ジャック・マー)です。
日本の場合には別の支払い手段が発達しました。それは銀行の公共料金の自動引き落としなどの口座振替です。1970年代にはATMが導入されそこから現金を引き出すことができるようになりました。これはキャッシュレスではありませんがこれによってキャッシュの利用が簡単にできるようになりました。
日本の将来を考える上でも、この概念は重要です。日本は様々な面で、リープフロッグされてしまっています。しかし、これを逆転することが考えられなくはありません。
いま中国が、アメリカを飛び越えて世界一の座に就こうとしています。もしAI(人工知能)の分野でそれが起こると、世界のバランスが大きく変わる可能性があります。
本書を書いたのも、そうした可能性にすがりたいからです。具体的には、「あまりに著しい日本の落ち込みぶりを何とかできないか」という願いです。
日本がリープフロッグできるための条件を検討します。技術とビジネスモデル、そして人材、とくにリーダーと専門家が必要です。これらの条件を満たすのは、決して容易なことではありません。
適切なビジネスモデルを確立した企業や人々が、あるいは、新しいビジネスモデルを確立した技術体系が、それを確立できなかった企業や人や技術を「飛び越える」という事態が頻発するようになったのです。そのもっとも顕著な例が、Google と阿里巴巴(アリババ)です。
人類の歴史の多くの時代において、中国が最先端国でした。紙や火薬などさまざまな技術は中国で発明されたものです。しかし、明朝時代に鎖国主義に陥った中国は、停滞し、ヨーロッパ諸国によってリープフロッグされました。
中国の工業化が本格化したのは1990年代になってからのことです。IT革命の第2段階がすでに始まっていたので、中国は最初から新しい通信技術を用いることになりました。
工業社会を経験しなかったために美しい自然や街並みが昔のまま残されています。
「リープフロッグ」は、歴史のダイナミズムを包括的に説明しようとするマクロ歴史理論の一つです。段階的な発展論と対照的な考えです。「キャッチアップ論」と似たところがありますが、先進国に追いつくだけでなく、逆転するとしているところが重要です。
逆転勝ちが可能な社会構造を維持すること、そして、一人一人が逆転勝ちの可能性を信じて、政府の指導や補助金に頼ろうとせずに努力を続けることが必要です。
中国では、銀行のシステムが未発達だったのです。さらに中央銀行券も、偽札が横行する状態でした。人々はキャッシュを信用していなかったのです。そうした状態にあったところに、「電子マネー」という新しい技術が登場しました。
「キャッシュレス=電子マネー」とされることが多いのですが、小切手こそが、元祖キャッシュレスです。クレジットカードもキャッシュレスであり、アメリカではごく普通の支払い手段です。
もう一つの顕著なリープフロッグの例として、アイルランドを見ます。この国は、イギリスの支配下にあって工業化を実現することができず、ヨーロッパで最も貧しい農業国でした。
鉄道や道路も発達していなかったので、全国的な物流網を築くのは難しく、生産者は全国規模の市場にアクセスできませんでした。ほとんどのブランドは、地域レベルのものだったのです。
目覚ましい発展の背景を調べると、そのほとんどがリープフロッグで説明できるのです。「遅れていたことを逆手に取った」ということができますし、「失敗したから成功した」ということもできます。歴史を見ると、こうしたケースが数多く見られます。
中国の電子マネーは、なぜこのように発達したのでしょうか? それは、「ある段階を飛び越えた」からです。 これを理解するために、日本やアメリカなどの先進国の状況を振り返ってみましょう。
聖書に「後なるもの先になるべし」とあります(『マタイ伝』、第19章30)。この言葉は、その後の歴史の展開を予言していたと思われるほどです。
日本の場合には、銀行が発達して便利に使えるため電子マネーを使う必要性が感じられません。ATMが(少なくとも大都市では)どこにでもあるためにキャッシュを使うことが不便でないのです。 以上のようなことを説明するのが、「リープフロッグ」という概念です。これは、「蛙跳び」という意味です。
ところが新しい情報技術に対応することによって目覚ましい経済発展を実現しました。現在では一人当たりGDPや労働生産性において、世界のトップにあります。日本の2倍ぐらいの水準です。かつての支配国イギリスをも抜いています。
現在の日本の閉塞的な状況を打破し、未来を拓くための鍵は、リープフロッグにあるのかもしれません。それを実現するには、リープフロッグのメカニズムを解明する必要があります。
遅れていたヨーロッパは、大航海によって新しいフロンティアを開き、やがて中国を追い抜くことになりました。ヨーロッパの中でもさまざまな国の間で次々にリープフロッグが起き、覇権国は、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスと交代しました。