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「書く」という行為を見直すー三中 信宏「読む・打つ・書く: 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々」を読んだ
三中 信宏著「読む・打つ・書く: 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々」を読みました。
本書は、理系の研究者による読書・書評・執筆論をまとめた内容になっています。この中でも特に「なぜ本を書くのか?」「どうやって本を書くのか?」という内容が印象に残りました。
今回のnoteでは、その2点についてまとめます。
なぜ本を書くのか?
本書では本を書く理由を以下のように述べています。
自分が読みたい内容の本を自分で書く
本を書くのは、誰かのためではなくあくまで自分のためであると筆者は述べます。自分が読みたい内容を自分で書くことで、知識や知見が体系化されるというメリットも述べていました。
私自身も、「なにかを書きたい」という漠然とした思いを持っていたのですが、これは自分のバラバラになっている経験や情報をつなぎ合わせて、体系化した自分の知識を自分で読みたいという欲求なのではないかと思いました。
どうやって本を書くのか?
「本を書きたい」という思いだけでは本は完成しません。本を書くという行為は、気力や体力が必要になり、大変な作業です。
本を書くという大変な作業を成し遂げるためには、どうすればいいのでしょうか。「読む・打つ・書く」では、ポール.J・シルヴィア「できる研究者の論文生産術 どうすれば『たくさん』書けるのか」を参照しながら、本を書くために必要なエッセンスについて、以下のように述べています。
「時間厳守」「計画厳守」「弁解無用」
本を書くためには、自分のモチベーションやアイデアの有無を言い訳にせず(=弁解無用)、時間を確保し(=時間厳守)、計画を守る(=計画厳守)ことが大切だということでした。
私は最近、書くことをサボっていたのですが、まさにモチベーションがわかない・アイデアが出ないということを言い訳にしていました。時間も計画も決めていませんでした。書けなくて当たり前ですね。
これらの内容を参考に、書くという行為を改めて見直していこうと思います。