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近隣の家から清元が聞こえてくる。その情調を『婦系図』で味わう。

 余所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)には、格別の情緒がある。

 近隣の家から、清元などの音曲が聞こえてくる。伴奏音楽ではなく、劇中のなかに組み込まれていて、近所で稽古をしているお師匠さんや藝人が呼ばれている座敷の様子を観客に想像させる。劇では男女の別れの哀しみが描かれている。そこに、音曲の情調が加わるのだから、こたえられない。


江戸と地続きだった明治


 十月歌舞伎座夜の部『婦系図』(成瀬芳一演出)は、小唄と清元が効果的に使われていて、江戸と地続きだった明治という時代をしのばせる。「湯島境内」では、歌舞伎では黒御簾になっている上方に、清元の座がしつらえられている。聞こえるのは、「三千歳」。歌舞伎の『雪暮夜入谷畦道』、「大口屋の寮の場」で、直侍と三千歳が久し振りの逢瀬に酔ったかと思うと、追っ手がかかって、直侍は三千歳を振り切って去って行く。この曲が、主税とお蔦の愁嘆場に重なる。
〽晴れて逢われぬ恋中に、人の心を奥の間より知らせ嬉しく三千歳が
 では、奥の間から飛び出るように出てくる花魁のうれしさが伝わってくるのだが、直次郎と三千歳、主税とお蔦、重なるようで重ならない二人の関係について、あれこれ思う。
 〽一日逢わねば千日の思いにわたしゃ煩うて、針や薬の験さえ、泣きの涙に紙濡らし、枕に結ぶ夢覚めていとど思いの増鏡
 『婦系図』では、芝居の進むにつれて、清元の「三千歳」が飛び飛びに語られるのだけれど、この曲を聴きながら、どの役者が演じた直次郎、三千歳を思い出すかは、観客の世代にもかかわってくる。

『婦系図』の変遷を思う

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。