【劇評229】井上ひさし作、小川絵梨子演出の『キネマの天地』は、スタアの神秘性を剥ぎ取る。六枚。
スタアの神秘性を剥ぎ取る。
井上ひさしの『キネマの天地』は、小川絵梨子の演出によって、新たな視点が導かれている。
昭和十年、第二次世界大戦までまだ、間がある。自由の風は、当時、絶頂であった映画界を吹き抜けていた。
松竹キネマ蒲田撮影所の四人の女優、大御所から若手花形まで。娘役の田中小春(趣里)、野性味あふれる人気の滝沢菊枝(鈴木杏)、母親役で当たりを取る徳川駒子(那須佐代子)、トップスターの立花かず子(高橋惠子)は、超大作の映画『諏訪峠』の打ち合わせと聞き、集まってくる。
帝大出の助監督島田健二郎(章平)と監督の小倉虎吉郎(千葉哲也)には、企みがある。虎吉郎の妻松井チエ子は、かつて舞台で謎の死をとげた。舞台の稽古の形をとりながら、下隅の役者尾上竹之助(佐藤誓)の力を借りつつ、松井殺しの真犯人を四人の女優のなかから探し出そうとする。
背景となる松竹の蒲田撮影所は、一九二○年から三六年まで、現代劇映画の拠点として使われた。そこには、島津保次郎、五所平之助、小津安二郎、斎藤寅次郎、成瀬巳喜男らの錚々たる監督たちが所属していた。こののち、松竹は撮影所を大船に移転している。
井上ひさしの筆は、世間一般にある「映画女優」のイメージをなぞっていく。
我が儘、身勝手、お互いいがみ合い、相手を陥れようといつも狙っている。撮影所のスタアシステムが生み出したこの歪みを、戯画化しつつ、滑稽に描き出す。演技の質、待ち時間、差し入れ、強い照明など細部も微に入り細を穿つ。
この観客に対するサービスは、あえて誇張した演技によって、前半の笑いを支えていく。
けれども、小川演出は、舞台稽古のパロディや俳優という職業の戯画化に終わらない。
年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。