『髪結新三』と『彌太五郎源七』のあいだ 久保田万太郎、あるいは悪漢の涙 第一回
はじめに
1984年のことである。文学座が上演した『彌太五郎源七』を見た。
久保田万太郎が書き、昭和十一年に初演された戯曲は、歌舞伎の『髪結新三』(『梅雨小袖昔八丈』河竹黙阿弥作 明治六年)をふまえている。
決まった店を持たない回り髪結い、新三は、白子屋の一人娘お熊をかどわかした。長屋の押入に娘をふんじばり閉じこめたまま、新三は、子分の下剃勝奴と、季節の鰹で一杯やろうと、いい機嫌である。
そこへ、白子屋の命を受けた侠客の彌太五郎源七が十両の金をもって訪ねてくる。おれの顔をたてて娘を戻せと掛け合うが断られ、逆にさんざん、はずかしめられて帰るというのが、万太郎がふまえた『髪結新三』の前段である。
腕に入れ墨を持つ前科者の新三と、修羅場をくぐって今は遊び人の風格さえある源七。格からいえば比較にならないふたりだが、源七には老いがしのびよっている。新三の勢いに押されて、源七は、意地をしめすことさえできない。万太郎は、源七の屈辱に着目する。落魄と無惨を描こうとする。
年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。