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【劇評368】藤井隆、入野自由が人間の愛を問う『消失』。

 ケラリーノ・サンドロヴィッチの世界に生きる藤井隆を観た。

 今回、KERA CROSSで上演された『消失』(KERA作 河原雅彦演出)は、KERAの主宰するナイロン100℃公演のために、二○○四年に書かれ、一五年に再演されている。劇団員の大倉孝二、みのすけ、犬山イヌコ、三宅弘城、松永玲子に、八嶋智人が客演している。どちらも同一キャストで上演されている。KERAにとって知り尽くした劇団員の技術、個性を踏まえたあてがきであり、この配役にこだわりがあったのがわかる。

 この劇の冒頭は、クリスマスイブのパーティの準備にいそしむ兄弟の会話からはじまる。弟のスタンリーは、ゲストに招いたホワイト・スワンレイクさんに恋心を抱いている。兄のチャズは、そんな弟のはじらいに、優しい気持ちで接しているように見える。

 今回、藤井隆のチャズ、入野自由のスタンリーによって演じられた冒頭の長い会話は、後段への伏線と知られないように慎重に演じられる。「肚を割らない」という言い方がある。表面的には仲の良い兄弟に見えるが、兄が「兄ちゃんのこと好き?」と問いかけるとき、微妙な違和感が生まれる。藤井、入野は、この違和感を顕在化させないままに、芝居を運んでいく。そのあたりのさじ加減が絶妙で、兄の慈愛と弟の無邪気さばかりが、ホームパーティを開くときの緊張感とともに描き出されている。

 こうした調和も、粗暴さを抱え込んだ坪倉由幸のドーネンが登場するあたりから、歪みが際立っていく。間借りを申し込みにくる猫背椿のエミリアは、劇の背景に戦争や破壊があると感じさせる。佐藤仁美のホワイト・スワンレイクは、兄弟の間に異物として侵入してくる。岡本圭人が演じるガス修理人のジャックが現れると、この家そのものが、狂った生き物として立ち上がる。


撮影:桜井隆幸 サムネールの写真も

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。