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池谷のぶえ藝の冴え

 特異であることが、すなわち自然であること。

 あるいは、どこにもいずはずもない人間が、どこかにいるはずの人間に見えてくること。

 野田秀樹作・演出の『正三角関係』で、池谷のぶえが演じたウワサスキー夫人は、俳優であることのパラドックスをよく体現していたように思う。おしゃべりで、おせっかいなおばさんと見えたところが、劇が進むにつれて、巨大な陰謀の黒幕のようにも見えてくる。なぜ、こんな謎めいていて、不可思議な存在を演じることができるのだろうか。

 東京は千穐楽を迎えたとはいえ、ロンドン公演まで公演は続く。東京からロンドンのあいだには、ユーラシア大陸が横たわっている。ウワサスキー夫人は、日本から離れて、無事、ロシアに戻ったのだろうか。

 母国でどんな暮らしをして亡くなったのだろうか。私は池谷が演じる夫人を観ながら、劇の狂言回しではなく、大きな秘密を背負ってしまった人間の運命を思った。秘密をもったからこそ、人は、だれかにもらさなければ、生き続けられないのである。池谷の演技は、一見、軽やかで、しかも役柄としては軽率にさえ見えるけれども、人間としての底が知れない。

※サムネールの写真は、NODA・MAP 第 27 回公演『正三角関係』(撮影:岡本隆史)

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。