マガジンのカバー画像

久保田万太郎、あるいは悪漢の涙

54
今となっては、俳人としての名が高いけれど、久保田万太郎は、演劇評論家としてそのキャリアをはじめて、小説家、劇作家、演出家として昭和の演劇界に君臨する存在になりました。通して読むと…
マガジンのディスカウントを行います。1280円→880円です。『久保田万太郎の現代』(平凡社)の刊…
¥880
運営しているクリエイター

#関東大震災

道楽に毎日を暮らす"風流人"にはなれなかった。(久保田万太郎、あるいは悪漢の涙 第四十六回)

市井人  後期の小説のなかで、もっともちからの入った作品は、『市井人』(「改造」昭和二十四年七月ー九月)だろう。  万太郎、六十歳。大家による久々の長編である。関東大震災前の東京、大学生藤岡の目を通して、俳人の世界を描く。  吉原遊郭、八重垣の息子として生まれた「わたくし」は、水菓子屋の若主人の萍人(ひょうじん)の誘いによって、俳人蓬里(ゆうり)に弟子入りする。紅楼の巷にあっては学業に差し支えると、親によって麻布の寺に下宿するよう吉原からは遠ざけられはいるが、「わたくし」

¥100

文学者になったのも、失恋も、結婚も、うちを持ったのもなりゆき(久保田万太郎、あるいは悪漢の涙 第三十三回)

 取引先や職人が頻繁に出入りする商家で、跡継ぎでもない総領息子の居場所はない。  まして、経済力もなく二階に間借りするようなかたちで、花柳界から嫁にきた京の肩身の狭さは容易に想像がつく。  奉公人のいる商家では、夫婦水入らずの時間は、ほとんどなかったろう。

¥100

秋風や水に落ちたる空のいろ (久保田万太郎、あるいは悪漢の涙 第三十二回)

 大正十二年九月、浅草で震災にあひたるあと、本郷駒込の樓紅亭に立退き、半月あまりをすごす、諸事、夢のごとく去る。  秋風や水に落ちたる空のいろ  関東大震災が東京を襲う。  駒形町から転居した北三筋町の家も焼け出される。  天災は、人の人生を大きく揺るがすばかりか、価値観を転倒させかねない。  東京市役所編『東京震災録 前輯(ぜんしゆう)』によれば、9月1日午前11時58分、関東地方南部 を襲った大震災の被災者は、約340万人に及んだ。死者9万1344人、行方不明1万3

¥100