道楽に毎日を暮らす"風流人"にはなれなかった。(久保田万太郎、あるいは悪漢の涙 第四十六回)
市井人
後期の小説のなかで、もっともちからの入った作品は、『市井人』(「改造」昭和二十四年七月ー九月)だろう。
万太郎、六十歳。大家による久々の長編である。関東大震災前の東京、大学生藤岡の目を通して、俳人の世界を描く。
吉原遊郭、八重垣の息子として生まれた「わたくし」は、水菓子屋の若主人の萍人(ひょうじん)の誘いによって、俳人蓬里(ゆうり)に弟子入りする。紅楼の巷にあっては学業に差し支えると、親によって麻布の寺に下宿するよう吉原からは遠ざけられはいるが、「わたくし」