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【モノローグエッセイ】悪口専門店


"悪口は、娯楽となり得るか"

悪口とか罵倒というのは、当の相手が傷つく台詞を考えに考え抜いて出力される、人間の悪意中の悪意です。そこに韻やらバイブスを加えればラップバトル、論理論拠を加えれば批評、洒脱な修辞も加えれば一つの芸術となる。

悪口を言わないようにするのは優雅な心構えです。

しかし人間の本能は、大して優雅ではない。怒っていない獣は大して美しくない。

ところで傷つけたい相手を一番傷つける台詞を考え抜くにあたっては「これまで自分がなにを言われて最も傷ついたか」という経験が強く参照される。

よって悪口とは悪口を言う本人が言われたら最も傷つく台詞を開陳する行為に他ならない。
これを踏まえて色んな人の色んな悪口を眺めていると、なるほど人間は趣深いという気持ちになります。


現実に関する幾つかの身も蓋もない事実
『20代で得た知見』F

【登場人物】2~3人

蕪木(かぶらぎ):悪口専門店オーナー。30代くらい。男女性別は問わない。

三苫(みとま):予約客。20代前半。女性。

客:予約客。


現代。日本。
古びた造りのアパートの4階。その一室。
ドア上部の【インターンホンを押さずに、時間になりましたら中にお入りください。】という文字を見て、三苫はドアを開けて部屋の中に入る。

三苫:こんにちは…

蕪木:いらっしゃい。えーと…お名前は?

三苫:あ、18時に予約の、三苫です。

蕪木:三苫さん、ようこそいらっしゃいました〜、そこ座って

三苫:はい(だが、遠慮して座らない。)

蕪木:ここ、すぐ分かりましたー?

三苫:はい

蕪木:良かった、良かった、(座りながら)いやね、看板とかないから迷っちゃう方とかたまにいて。あ、どうぞ、座って。(三苫、蕪木の正面に座る。)はい、本日は悪口専門店をご利用いただき、ありがとうございます。私がオーナーの蕪木です。今日はよろしくお願いします。まあここがどんなとこかは分かってるとは思いますけど、一応説明しますね

三苫:はい

蕪木:ここは悪口専門店。私は、お客さんの「悪口」を頂戴して、コレクションしています。

三苫:(無言で頷く。)

居心地の悪い間。

蕪木:今こいつやべぇ奴だなと思ったでしょ?

三苫:いえ!!

蕪木:大丈夫でーす、慣れてまーす。自分でも狂ってんなーって思ってますし。開業届出す時、さすがに悪口専門店なんて書けないですから心理カウンセラーって書きましたし。あ、一応私、ちゃんと心理カウンセラーの資格持ってるんですよ、ほら(資格書を見せる。)だから、怪しいヤツではないです、心配ご無用!

三苫:分かりました…

蕪木:まあでもなんで普通にカウンセラーじゃなくてこんなこと始めたかっていうと…私、人が言う「悪口」にずっとずっとずーっと興味があるんですよね。ちょっと質問なんですが、あなたは「悪口」って娯楽になりえると思います?

三苫:悪口が娯楽…ですか?

蕪木、無意識に口調が生き生きとしていく。

蕪木:はい!私はそこに興味があって、人から悪口を聴いてコレクションしてるんです。例えば、(パソコンを見ながら)この前のお客さんだったら、仲の悪い姑さんの悪口。これが凄くてねぇ〜その姑さん、ご飯53点、家事30点とか日常生活のひとつひとつに点数を付けてくるんですって。

三苫:ええっ!そんなことする人が!

蕪木:すっごい姑ですよねぇ、その奥さんもだいぶストレス溜まってたみたいで、ハローキティみたいな柔らかい声で「くそババア」とか「死ね」とか言うからなんかやばかったです。

三苫:うわぁ…

蕪木:他には、気に入らない同僚への嫉妬、国の政治への不満とか、バラエティー豊かな悪口を皆さんここへ言いに来ます。で、私はその悪口を一言一句記録します。そして、収集した悪口を分析、統計、研究しています。人間の言う悪口は、娯楽になり得るのかってね。

三苫:あの、どうして、悪口が娯楽になり得るか研究しているんですか?

蕪木:よくぞ聞いてくれましたー!!!

三苫:うわあ!びっくりしたー!!

蕪木: だって、悪口って、全世界共通のモノじゃないですか!生まれたてな新生児を除いて、老若男女人種ジェンダー問わず!み〜んな言う!でも、やっぱり悪口なんでイメージは悪い。そんなものが、娯楽になったら、面白くないですか?タバコやお酒といっしょです。健康には害があるけど、止められなくなる。悪口も、言ってはいけないけど、言い出したら止まらなくなる!娯楽として、悪口を楽しむんです!最高のSDGsじゃありませんか!

三苫:なるほど…。(とは言ってるが納得はしていない。)

蕪木:悪口言いたい方からしたら、日頃の誰にも言えない鬱憤のはけ口として当店を利用出来るんで、ありがたいことにけっこうたくさんのご予約いただいてます。私もたくさんコレクションが増えて、ウィンウィンの関係なんですよねぇ、やっぱりなんでも溜めてちゃダメですしねー!溜まっていいのはお金だけ!

三苫:はい…

蕪木:おっと!私ったらついつい自分のことを話しすぎましたね、すみません!で、あなたのお名前は?

三苫:(一瞬え?と思いつつも)三苫と言います。社会人1年目で、広告代理店に勤めてます。

蕪木:へぇ社会人1年目、若ーい!初々しいねぇ、そしてここに来るお客さんで一番多い年頃〜。

三苫:あはは…そうなんですね

蕪木:で、君は、どんな悪口を私にくれるの?

三苫:あの、これ聴いて気を悪くするかもしれないんですけど、言わせてください

蕪木:気なんか悪くしないよ、この道何年のベテランだと思ってるの?

三苫:ですよね、すみません。

蕪木:真面目だねぇ

三苫:はい。すみません。

蕪木:すぐ謝っちゃうのも社会人1年目っぽーい。

三苫:すみません…

蕪木:で、どうしたの?

三苫:あの、これは私の上司についてなんですけど…

蕪木:上司かあ〜、セクハラ上司?パワハラ上司?はたまたモラハラ上司?最近じゃマルハラなんてのも…

三苫:(蕪木を遮って)私!…その上司の悪口が許せないんです!!

蕪木、少し呆気にとられる。


蕪木:…悪口が許せない?

三苫:はい!!!

蕪木:…これまた面白いお客さんが来たなぁ!新しいタイプの悪口だ!悪口を言う人の悪口!それで、君の上司はどんな悪口を言うんだい?

三苫:上司の同僚や、クライアントの悪口までもう言いたい放題なんです!

蕪木:ほうほう!

三苫:この前なんか、別のプロジェクトチームが大きな仕事決めた時とか、「確かに規模はデカいけど、あのチームのやり方は好きじゃない」とか「あのチームは後輩の人気もあるみたいだけど、私から言わせるとアマちゃんの集まりだ」とか私に言うんです!

蕪木:おおー!

三苫:クライアントのことも、「あいつムカつく」とか「生理的に無理」とか平気で職場で言ってきますし、飲み会でも悪口ばっか!クライアントですよ!クライアント!

蕪木:わぁ〜!

三苫:それなのに、そいつLINEの一言コメント「心にやさしくありたい」なんですよ?!お前が一番やさしくないわ!って感じじゃないですか?!

蕪木:ウケる!

三苫:みんな、幼稚園で「人を傷つけることは言ってはダメ」って習いますよね?そこにジェネレーションギャップとかありませんよね?なんで幼稚園生で習うこと私より一回りも年上の大人が出来ないんですかね?!私はそれが疑問で腹立たしいです!

蕪木:三苫さん、学生の時委員長とかやってた?

三苫:生徒会やってました!

蕪木:やっぱりー!

三苫:私も同僚もその上司に本当に迷惑してるんです!!悪口のターゲットにされちゃった子は、休職しちゃったし…それについても「あいつは弱っちい」とか私に言ってきて…

蕪木:えー!実害が出てるんだったら、それ訴えた方が良くない?

三苫:考えました、でも職場では…いちいち事を大きくするなって

蕪木:出たー日本人特有の、事を大きくするナショナリズム〜

三苫:なんなんですか!いちいちって!!人に被害を与えてるのに!!何も処罰されないなんておかしいじゃないですか!だから、私、そのクソ上司の問題行動を全て記録することにしたんです!

蕪木:おー三苫さんもタフだねぇ〜

三苫:○月○日、会議中にて、クライアントのことを「あそこの担当ウザイ」と発言。○月○日、飲み会にて、他部署の部長を「早く辞職しないかな、てか死ねばいいのに」と発言、○月○日、私に向かって「お前」と言ってきた挙句、「お前の同期がお前のことを悪く言ってたぞ」と私に言ってくる。これは録音データも入手済みです!

蕪木:おー証拠としては十分過ぎるほどだね

三苫:何で問題のある人のご機嫌取らなきゃいけないんですか!何で事を大きくしちゃいけないんですか!世間で間違いだとされたことを何故罰さず放置しなきゃいけないんですか!!私はそれがムカつくしウザいしそういう奴ら全員さっさと死ねばいいのにって思うんです!!!

蕪木:素晴らしい!!!!

三苫は呆気に取られる。

蕪木:三笘さん、素晴らしい!!あなたの悪口は新しくて斬新な悪口だ!!!素晴らしい悪口だ!!もう最高の気分だよ!!

三苫:あ、ありがとうございます?

蕪木:悪口を言う人の悪口!ミイラ取りがミイラになるような!親切心からやったことが逆効果になるような!そんなカタルシスに溢れてるよ!!悪口万歳!ほら!

三苫:ば、ばんざ〜い?

蕪木:バンザーイ!!!

三苫:バンザーイ!!!

蕪木:いやー本当にありがとう、実に面白いよ!君の悪口は!

三苫:なんか変な気分です…悪口をこんなに褒められるなんて

蕪木:いやー今日はいい日だ!気分がいい!だから、新しい悪口を提供してくれた三苫さんには、特別に、私の現時点での研究結果を教えてあげますね。

三苫:研究結果?

蕪木:老若男女人種ジェンダー問わず、悪口を言う人には共通点があります。何だと思います?

三苫:さあ…

蕪木:それはね…みんな、自分が正しいって思ってる

三苫:(はっとなる。)

蕪木:気に入らない人のことバカにしてても、三苫さんみたいに人間性に問題のある上司の問題点について話してても、みーんな、同じ。

三苫:え…?ちょっとすみません、私は…

蕪木:おっと!どんな内容かで違いなんかありませんよ。悪口は、それ以下でも、それ以上でもない。ナイフで人刺し殺すよりも、銃で人撃ち殺す方が悪いとかあります?どっちも人殺してるのにはかわりないでしょう?

三苫:それは…

蕪木:みんな、悪口言うのと同時に、自分は正しい、間違っていないって叫んでる。中には、正しさを主張しながら自分の方が上だって威張ってくる奴だっている。傲慢ですよねぇ!、面白いですよねぇ!、自分の正しさを悪口を言うことで保ってるんですよ!

三苫:…

蕪木:って、言われると、なんだか惨めになってくるでしょ?

三苫:(不満げに)あの、何が言いたいんですか?

蕪木:現時点での私の研究結果をお伝えしただけです。それが今日、三苫さんの悪口のおかげでより確かな理論になりました。ありがとうございます!

三苫:私、説教されにここに来たんじゃないんですけど!!

蕪木は呆気にとられる。

蕪木:お〜これが説教ですか!

三苫:私が自分を正しいと思うために悪口を言ってるってあなたは思うんですか?違います、あのクソ上司に問題があるからこうなってるんです!

蕪木:ん?んんん?なんかそれっておかしくなーい?

三苫:何がおかしいんですか?

蕪木:だって、その上司を間違っていると判断しているのは、あくまで、三苫さんの、正義感、でしょ?三苫さんの思う正しいに、その上司は合わないから、でしょ?自分が正しいと思ってんじゃん!

三苫:だから説教しないでくださいよ!

蕪木:これ、説教ですかね?

三苫:それに、私が男性だったら、あなたそんなこと言いませんよね?

蕪木:ちょっとちょっと三苫さん、論点がズレてるんじゃないかな?

三苫:私傷つきました!あなたのモラルのない発言で!あなたもクソ上司と一緒じゃないですか!

蕪木:おいおい、散々悪口私に言っておいて、今更正しくあろうとしないでくださいよ、悪口言ってる時、気持ちよかったでしょ!自分の正しさを思いっきり吐き出せたんだからさぁ!

三苫:黙ってください!なんなんですかもう!!

蕪木:あ!!!

三苫:(びっくりして)なんですか?!

蕪木:カウンセリング時間終了です。次のご予約の方もうすぐ来るんで。この度はご利用ありがとうございました。悪口専門店のまたのご利用、お待ちしております。

三苫:もう二度と来ません!!

三苫、怒って部屋を出る。ドタドタと階段を降りる足音。
蕪木は、その背中をにこにこしながら見送る。書類を整理しながら、次の顧客を迎え入れる準備をする。

蕪木:さてさて、次の方は…もうすぐ来るかな?

ドアをノックする音がする。

蕪木:どうぞ

新しい顧客が入ってくる。

蕪木:いらっしゃい、あーお久しぶりです。さぁ座って

顧客は椅子に座る。

蕪木:エレベーターの点検終わってました?(顧客は頷く。)あー良かった、4階まで階段はちょっとキツイですよね。降りるならまだしも。あなたは…今日で3回目だっけ?リピート利用ありがとうございます。それで、今日は、どんな悪口を私にくれるの?

客:同僚にミトマって奴がいるんですけど、そいつが上司への文句をいちいち言ってきて、いい子ちゃん面してるのがウザイんですよね

蕪木、ハッとなり、客席に顔を向ける。少しニヤニヤしている。

蕪木:今、面白いと思った方がいたら、私の研究は正しかったことの証明になります。もし、今、後味悪いと思った方は…良い人ですね。きっと天国に行けるでしょう。


~完~



あとがき
テレビで怪談話を100円で買い取っている人が紹介されるのを見て、「じゃあ悪口を買い取りができたら面白いかもしれない」と思ったのが、本作誕生のきっかけ。
学生時代に書いた脚本「良い子のための悪口メーカー」しかり、私は「悪口」というものに向き合うことが多い人生のような気がします。アーメン。

※本著作物の著作権は、橋本薫子に帰属します。

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