見出し画像

源氏物語 二次創作「黄昏に見る夢」 1

こんばんは。^^
学生の時に、源氏物語を題材に書いた小説を再編いたしました。
源氏物語では「紫の上」が特に取り上げられるヒロインですが、
私は、光源氏の最初の本妻、「葵の上」の魅力に惹かれています。
この二次創作の小説は、光源氏と葵の上との間に生まれた息子、「夕霧」を主人公に、「家族の想い」をテーマに、書きました。
……原文の光源氏・夕霧より、大分「オッサン」なのでご注意下さい(汗)。
楽しんでご覧いただけると、大変嬉しいです。よろしくお願い申し上げます。^^



赤城 春輔




「黄昏に見る夢」



 平安京の六条院にも夏の黄昏が訪れて、四つの大きい御殿も、三つの澄んだ浩い池も、前裁の四季の花木も、その大邸宅にあるもの全てが、茜の光に染まっていった。
熱気で更に赤らむ夕霧は、東南の寝殿に訪ねて、父の女房の一人「山吹」に、御簾(みす)を隔てて尋ねていた。
 夕霧は、唖然とした。
 「 …… お休みに、なっていられるのですか、大臣(おとど)……。」
 「 はい、先程、急にお休みになりまして……。」
 小柄な彼女がそう素直に答えると、夕霧は、暫く言葉を失って、そして呻いた。山吹は、その困惑した様子を心配そうに見つめて、畏まりながら聞いてきた。
 「 ……あの、お急ぎでしたならば、お起こして参りますけれども。」
 そんな温かい気遣いで、夕霧はハッと我に返り、慌てて手を振った。
 「あ、いや、まだいいです! まだ覚悟もできていませんから! 」
 挙動不審な夕霧を前に、山吹は「 覚悟? 」と、首を傾げる。しかし、夕霧は、彼女の言葉を耳に挟む間もなく、素早く礼をして、早足に簀子(すのこ)の上を渡って、角を曲ってしまった。
山吹は、その姿が完全に消えた後、御簾を少し開いて顔だけを出し、彼の走っていった方向を不思議そうに眺めた。

大きく息を切らしながら、慌てて角を曲がり、閉まっていた寝殿の妻戸(つまど)に勢い余って手を突いて、夕霧は、漸く立ち止まれた。
心臓が正に張り裂けそうに、高鳴って強く脈打つ。幸い、寝殿の女房達は、急に眠りについた主人の為の帳台を整えるなど、母屋の奥で慌ただしく走り回っていたので、妻戸の衝撃に気付く者は誰一人としていなかった。
一息吐くと、ゆっくり顔を上げた。
懐から、藤の花枝に付いた、一つの文を取り出す。ここに来る前に、頭中将(とうのちゅうしょう)を使いに、内大臣(ないだいじん)より貰い受けた、「盛りの藤の花の下での、遊びの招き」が書かれた文であった。夕霧は文を見つめながら、妻戸から手を離し、そして姿勢を正した。
微かに、藤の花が匂ってくる。

幼い頃より、今はもう亡くなった祖母と母が住んでいた三条の宮で、夕霧は、雲居の雁(くもいのかり)と共に育ち、お互いに想いを寄せ合って、共に分かち合い暮らしてきた。
しかし、雲居の雁の父である内大臣は、夕霧と娘のこの仲を喜ばず、雲居の雁を自邸に引き取って、二人の距離を裂いてしまった。
その後、夕霧は、内大臣のつれない仕打ちを恨めしく思いながらも、雲居の雁への熱い内心を、人目に知られず奥底に鎮めて、幾年も遣る瀬無い恋を胸に抱いて、ここまで歩んできた。
当時、雲居の雁の乳母達に侮られた浅い六位の地位も、せめて、納言(なごん)の地位まで昇り詰めてから、そして、彼女に再び会おうと心に決めていたのだ。

しかし、そんな決意を幾年月と抱いていた時に、内大臣が、今になって急に、亡くなった祖母の御供養の日に、夕霧に、雲居の雁との仲を許そうという気持ちを仄めかして来たのだ
 何故、突然に、内大臣が、御供養の日の後も文を下さってまで、何時になく、二人の仲をお許しになさろうとしてきたのか。
しかし、雲居の雁への想いを永々と抱いてきたのだから、内大臣のそのような言動も、心に深く突き刺さるというものだ。内大臣の御内心をよく存ずる事は未だできないが、しかし、それでも、永い間の想いが漸く報われるのかと思うと、内大臣のそのお気持ちを無視する事は、到底できない。
 そう、心の中で悶々と葛藤し、悩んで来たのだが、矢張、夕霧一人では、そういう藤の花枝の文に応えられる程の答えを考え出す事ができなかった。
その為、父へこの次第を相談しに、六条院へ訪ねたのだ。





続きます。

いいなと思ったら応援しよう!