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【小説】夏の思い出 5
朝から、執拗に自分の存在を知らせるために雄の蝉が鳴いている。
気温は、昼間と違って過ごしやすいがうるさい蝉の鳴き声で、少しばかり気怠い。
そういえば、
「蝉ってどうして夜には鳴かないと思う?それは明るくて高温の時に活動していて鳴くからだよ」と、お爺ちゃんから聞いたことがあると朽木鞠由は庭の掃き掃除をしながら思った。
「あっ、お姉ちゃん」
鞠由が掃いている手前に立って、
「また、今日も遊ぼ」相変わらず親しみやすい笑顔で言う。
「どうしょっかな。まあ、空いた時間に」
「ほんと?」
「うん」周りはの人は、大概知り合いと来ているのに、自分はひとりで少し寂しい思いをしていたので、退屈しのぎにそう応えた。
朝のお勤めとして、境内や廊下、庭などの掃除をして、その後皆で一斉に座禅を組む。
心地いい風が、汗を含んだ髪をなびかせた。鞠由は姿勢を正しくして、気持ちを無にする。
御本堂の広い畳の間で、読経はじめると段々声が出て皆んなと声を合わせるようになった。
その後、和尚の「法話」が始まった。
親や学校から聞く説教より遥かにこの話の方が耳に入ってくる気がした。
朝食を終えて、また座禅を組む時間。
日に日に今までの自分の良くない行動と気持ちが、溶けていくようである。
やっと休憩時間に、あの男の子が、外から女子の小屋の窓に向かって、
「お姉ちゃん」
「やだー、誰?」と、ひとりの女性が言った。
「お前、何やってんだ。こっちに来い」外で、大人の係りの男性に言われて男の子は連れて行かれた。
大学生らしき三人の女性のうち、ポニーテールの毛先がその首元で揺らぐ姿のとても素敵な濱中さんが、グミの入った小さな袋ごと鞠由に、
「あげる」と言った。
「ありがとうございます」
「ひとりじゃあ、寂しいでしょ?」
「まあ」
「なるべく、一緒に行動しょ」
「はい、ありがとうございます」年上に対してどう接していいか鞠由は、分からずそう答えた。
それからは、一緒に濱中さんたちとお風呂に入るようになった。
次の日の休憩時間、男の子と蝉取りをした。男の子は承馬という名で、ここの管理人の息子らしい。お母さんはいないと言っていた。
和尚の「法話」が終えると、手元の自分たちの荷物を持って、境内を後に各自解散して家に帰る。
Tシャツの袖口からの腕が白く、ポニーテールがしなやかに揺れている素敵な濱中さんたちにさよならを告げると、目上の人とお別れすることがこんなに寂しい念に駆られることを初めて知った。
「お姉ちゃん」承馬が、境内の近くで手を振っている。
いい子だったな、自分には、妹も弟もいないからお姉ちゃん気分になれたな。
あの子は、ここでの出会いは毎年仲良くなってもすぐいなくなってしまうことを知ってるんだ。
父の運転する帰りの車の中で、鞠由はそう思う。窓を開けるとツクツクボウシの鳴き声が聞こえ、太陽の照り返すぬるい風が入る。車で乗ってきたあの時の過去の自分、母を責めて母を苦しめたことを謝ろう、そして私のことをきちんと話そう。それはもうあそこでの経験と人との出会いが別の自分にしてくれたのだと思った。
了