自分と他人の境目のはなし
「普通はこうじゃないの?」
そういう言葉を、言ったり言われたりしたことはありますか?
もしくは、口には出さないけれど思ったこと。
私は昔から結構あります。
「一般的にはこうなんだから、こうした方がいいに決まっている」
「普通はそうされたら嫌でしょ」
「自分はこうだから、みんなこうだろう」
そう思って起こした行動が、思ったよりも周囲に受け入れられなくてびっくりしたことは数え切れず……。
また、逆に周囲の行動が理解できなくて嫌悪感を持ったり、不思議に思ったことも何度もあります。
自分と周囲には境目がある、けれど忘れることもある
自分の思うことが、周囲も当然そうだと思っていたり、
周囲の意見が自分の意見になっていたりする状況(自分も含め)を見ると、
あぁ、自分と周囲の境目があいまいなんだな、と感じます。
例えば、私はルームシェアを数回しているのですが、その時に
・他人のものを勝手に使って戻さない
・パーソナルスペースに思いっきり侵入してくる
・部屋を綺麗に保つ努力をしない
ということをされるのは苦手で、それを話し合っても改善されない場合はとても「ぐぬぬ……」という気分になります。
この状況においては、
Aさん:自分のものと同じでどう扱ってもいいと思っている
私:使ってもいいけどあくまで他人だからちゃんとしてほしいと思っている
という状況で、それぞれが「ここまでが自分のもの」と思っている範囲や、それに対する扱い・価値観の違いが起きています。
それを認識できていれば冷静に対応できるので良いのですが、認識できていないと、心を病んでしまう一因にもなるのだとか。
カウンセリングの世界では「自他境界」「個人の境界線」と呼んだりもするようです。
自分の領域を“他者にまで”広げている場合
自分の考えが相手と違うことを認識していない場合は、下記のようになりやすいそうです。
他者とさまざまな場面で接し『感じる・思考する』なかで、『他者は自分と違う人生経験やモノの見方から、自分とは違う考え方・感じ方をするかもしれない』という前提が思い浮かびづらいという状態を指します。
例えば、以下のような思い込みをしやすくなります。
1.「自分が考えていることはみんなにとっても絶対に正しい」
2.「自分が考えていることは、相手も考えているはずだ」
3.「自分がこんなに困っているんだから、気持ちは相手に伝わるはずだ」
4.「自分のルールは相手にとっても守らなくればならないルールだ」
誰にでもいえる自他境界のお話 | ADHD-COACHより
その結果、
他人をコントロールしようとしたり、相手の非を頭ごなしに否定してしまうことも多いのだとか。
他者の領域を“自分にまで”広げている場合
一方で、他人の考えが自分の考えのようになっている場合は下記のようになりやすいそうです。
自分と他者の区別がつかないがゆえに、他者の影響を受けやすいという状態を指します。
・他人の考えと自分の考えが区別できず、他人の考えをそのまま受け入れてしまう
・他人の問題や責任と自分の問題や責任の区別がつかず、他人の不始末の責任を引き受けてしまう
・相手の要求をうけいれてしまい嫌だと言えない、要求をはねつけることができない。
・相手の言いなりになり、傷つけられ、他者が怖くなってしまう。
誰にでもいえる自他境界のお話 | ADHD-COACHより
この場合、周囲の批判や指摘を鵜呑みにしてしまって周囲に大きく左右されてしまったり、それによってメンタルヘルスの問題を生んでしまうこともあります。
自分は他人と違って当然
じゃあ自分と人を明確に区別しておけるように頑張ろう!と簡単にはいかないもので、誰しも皆こういった自分と他人の境界のあいまいさは抱えているものだと思います。
ふとした瞬間に「これは自分の考えを押しつけてしまったな」と気づくこともあるし、悩んでいたことに「そんなに他人の意見気にしなくてよくない?」と気づくこともあるでしょう。
そんな中でも、自分と他人は違うものだ、という前提が頭の片隅にあって、改善していく意思があれば、1つ1つ話し合ったり気づいたりしながら、よりよい方向に向かっていけるのかな、と思ったりしています。